世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2515
世界経済評論IMPACT No.2515

カーボンニュートラルへの技術ロードマップ:石油産業

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2022.04.25

 国内外を問わず,大きな盛り上がりをみせるカーボンニュートラルをめざす動き。経済産業省は,「『トランジションファイナンス』に関する〇〇分野における技術ロードマップ」という形で,2050年へ向けての産業ごとの技術展望を次々と発表している。22年2月には,「『トランジションファイナンス』に関する石油分野におけるロードマップ」(以下,「ロードマップ」と表記)と題する,石油産業に関する技術ロードマップを開示した。

 この「ロードマップ」は,カーボンニュートラルへ向けた石油産業の道について,「各種省エネや燃料転換推進等による着実な低炭素化への取組や,CO2フリー水素やCCS・CCU等を用いた脱炭素化への取組を進めつつ,脱炭素燃料(水素・アンモニア・バイオ燃料・合成燃料等)の供給体制へのシフトといった取組の促進が重要。脱炭素化への取組は,技術の導入のみならず,カーボンクレジットの活用やカーボンオフセット商品の購入等も考えられる」,と述べている。文中のCO2は二酸化炭素,CCSは二酸化炭素回収・貯留,CCUは二酸化炭素回収・利用を,それぞれさす。

 石油分野におけるCO2排出は,採掘・輸送等から約3%,原油処理から約4%,製品燃焼から約93%の比率でなされる。したがって,カーボンニュートラルを実現するうえでは「製品燃焼」への対策が鍵を握るが,そこで想定されているのは,水素・アンモニア,バイオ燃料,合成燃料などの脱炭素燃料への転換である。

 まず水素・アンモニアについては,2030年以降に,CO2フリー水素・アンモニアサプライチェーンの構築をめざす。このうち「ロードマップ」がとくに重視しているのは水素であり,25年頃までに約200万トン,30年頃までに最大300万トン,50年までに2000万トン程度の導入をもくろむ。25年頃までは製造過程でCO2を排出する副生水素も利用するが,それ以降は,再生可能エネルギー電源からの電気を使った水の電気分解,CCSやCCUの実施などによって,水素供給のカーボンフリー化を図る。水素のキャリアについては,現時点では決め打ちせず,液体水素,MCH(メチルシクロヘキサン),アンモニア,合成メタンのいずれの可能性も追求する。

 ここで想起すべき点は,水素供給のカーボンフリー化で大きな役割をはたすCCSやCCUが,石油産業と密接な関連をもっていることである。

 CCSの貯留場所として最適なのは,既存の油田やガス田である。世界でCCSが現実に行われているのはアメリカ・カナダ・サウジアラビア・アラブ首長国連邦,計画されているのはオーストラリア・ノルウェーのそれぞれ油田・ガス田であることは,そのことを雄弁に物語っている。油田の場合には,EOR(原油増進回収)と結びつけ,油田の再生を実現して,CCSの経済性を向上させることもできる。油田やガス田がCCSの主要な舞台となる以上,石油産業の上流部門には大いに出番がある。INPEXがCCSへの取り組みを積極化していることは,その証左だと言える。

 CCUを成功させるためには,石油化学事業で得られる知見がきわめて有用である。日本の石油元売り会社は,石油化学事業を自社の一部門としているか,子会社の事業としている。石油産業自身が,CCUの重要な担い手なのである。

 次にバイオ燃料について「ロードマップ」は,すでに利用されているガソリン代替のバイオエタノールや軽油代替のバイオディーゼルに加えて,持続可能な航空燃料としてのSAF(Sustainable Aviation Fuel)の導入を進めるとしている。導入時期は,30年以降とする。SAFは,ICAO(国際民間航空機関)のCO2削減枠組の達成にとって大きな意味をもつバイオ燃料である。

 最後に合成燃料について「ロードマップ」は,実装時期を30年代と設定する。ここで言う合成燃料とは,水素とCO2から製造する合成液体燃料のことであり,「e-fuel」と呼ばれる。合成液体燃料であっても燃焼時にはCO2を排出するが,製造時にCO2を使用することによって相殺されるとみなされ,カーボンニュートラルな燃料と評価されるわけである。合成液体燃料を製造するとき使用する水素は,もちろん,カーボンフリー化された水素でなければならない。

 液体燃料は,エネルギー密度の高さの点で秀でている。したがって,50年になりカーボンニュートラルの時代になっても,航空機や船舶,大型車両は,液体燃料を使用している蓋然性が高い。ただし,従来型のジェット燃料,重油,軽油など使っていては,カーボンニュートラルは達成されない。そこで,カーボンフリーの合成液体燃料への代替が求められるわけである。

 現在の石油系燃料をe-fuelへ置き換えられることができるならば,街のSS(サービスステーション)を含む既存の石油インフラの多くを,そのまま活用することができる。カーボンニュートラルを達成するためには,エネルギーコストの相当程度の上昇が避けられと見込まれている。コスト上昇を抑えるためには,さまざまなイノベーションを実現しなければならないが,それとともに,やるべきことが1つある。それは,既存インフラの徹底的な活用である。既存の石炭火力を使い倒す燃料アンモニアの使用が電力業において,既存のガスインフラを使い倒すメタネーションが都市ガス産業において,それぞれカーボンニュートラル化への決め手となっているように,石油産業においても,既存の石油インフラを使い倒す合成液体燃料(e-fuel)が,カーボンニュートラル化の決め手となる。カーボンニュートラルへ向けた石油産業の「プランA」は,e-fuelにあると言えよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2515.html)

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