世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2510
世界経済評論IMPACT No.2510

トランプ前大統領の犯罪:狭まる法の網

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.04.18

大統領の公式通話記録,7時間半の空白

 トランプ前大統領を巡る様々な疑惑は,連邦議会の弾劾裁判では無罪となったが,下院の「1月6日議事堂襲撃事件特別調査委員会」(以下,特別委員会),連邦司法省,ニューヨーク州司法省,ニューヨーク州マンハッタン地区検察および関連する連邦,州裁判所などさまざまな機関で真相の究明が進められている(注1)。

 このうち,いま最も注目されているのが特別委員会である。前回の本コラムでは(4月4日付No.2493),特別委員会に提出された膨大な資料からワシントン・ポストの老練記者ウッドワードとCBSニュースの若手記者コスタが掘り起こした特ダネ記事を報告した。事件は,クラレンス・トーマス連邦最高裁判事の妻ジニー・トマスが2020年11月の大統領選挙結果を覆し,トランプ再選を画策した事件であった。

 両記者は5日後,3月29日付のワシントン・ポストに,トランプ前大統領が通話記録を残さないため,使い捨てのプリペイド電話(burner phone)を使用した事実を暴露した。トランプ前大統領は使い捨て電話の使用を否定しているが,公式通話記録(注2)の空白は,2021年1月6日午前11時17分から午後6時54分までの7時間37分に及んだ。

 この時間帯に,連邦議事堂では2020年大統領選挙の最後プロセスである各州選挙人の確定作業がペンス副大統領を議長にして進められ,トランプ前大統領はホワイトハウス前で行われた「選挙を盗むな(Stop the Steal)」集会で群衆に演説し,その後数千人が議事堂に乱入して器物を破損し,「ペンスを吊るせ」と叫び,議事を妨害した。議会警察等によって暴徒が鎮圧されたのは午後5時40分。この間,トランプ前大統領は誰とどのような電話の遣り取りを行ったのか。この真相解明は調査の鍵を握っている。

公開される大量のトランプ・ホワイトハウス文書

 下院の特別委員会はすでに800人以上の証人を喚問し,証言を聴取しているが(リズ・チェイニー副委員長の4月6日発言),大統領特権を理由に証人喚問と資料提出を拒否したトランプ政権の幹部がいる。このうち対中貿易政策・製造業問題顧問のピーター・ナバロと首席大統領補佐官代理のダン・スカビーノは,特別委員会から議会侮辱罪で告発され,4月6日の下院本会議は賛成220,反対203(注3)の多数で司法省への告発を可決した。

 今後の焦点は司法省に移るが,首席大統領補佐官マーク・メドウズも,昨年12月,下院本会議が議会侮辱罪で司法省に告発されたにもかかわらず,司法省は次の一歩を踏み出していない。このため特別委員会は司法省に対する批判を強めているが,ガーランド司法長官は慎重に捜査を進めており,捜査についてはコメントしないのが司法省の原則だと反論している。

 なお,議会侮辱罪の刑罰は1年以内の禁固および10万ドル以下の罰金である。特別委員会の34ページの報告書にはナバロとスカビーノが選挙後,トランプ前大統領の地位をどのようにして守ろうとしたか詳述されているという。ナバロは首席戦略官のスティーブ・バノンと協働して選挙結果を覆して,トランプ再選を実現するGreen Bay Sweep計画を作り,両院から100人以上の署名を得たといわれる。

 特別委員会の調査活動に大きく貢献するのが,4月13日,国立公文書記録管理庁(NARA)が公表したバイデン大統領の書簡である。この書簡でバイデン大統領はNARAが保管するトランプ前大統領の文書を特別委員会に移動することを許可した。このトランプ文書については,トランプ前大統領が大統領特権を盾に公開を拒否し,コロンビア特別区巡回裁判所での敗訴後,最高裁に上告していた。最高裁は今年1月19日,トランプ前大統領の要請を却下し,全750ページ余の一部の文書はすでに特別委員会に届けられているが,残りの文書について,バイデン大統領は「大統領特権を適用することは米国の国益にならない」と決定した。

 最高裁の審理で最後まで公開に反対したのが,クラレンス・トマス判事。トランプ前大統領の指名で就任したカバノー判事はいろいろ反対したが,最後は多数意見に賛同した。4月28日にNARAから特別委員会に引き渡される文書には,大統領の毎日の行動日誌,予定表,スピーチ草案,1月6日当日の遣り取り,顧問,弁護士のファイル,2020年選挙結果撤回に関する論点,1月6日演説のビデオ記録などがあると報じられている。

 11月の中間選挙で民主党が多数を失えば,特別委員会の命脈は尽きる。それまでに出される調査結果如何では,民主党に対する支持が高まる可能性もある。これからは,特別委員会と司法省の動向がますます重要となる。

[注]
  • (1)本コラムの情報源は主にThe Washington Post,The New York Times(ともに電子版)。
  • (2)大統領のホワイトハウスにおける行動と通話はThe Daily Diary of President Donald J. Trump に克明に記録されている。電話は発信,受信の別,通話開始・終了時分,通話相手を記録。
  • (3)告発に賛成した共和党議員はチェイニーとキンジンガーの2人でともに特別委員会の委員
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2510.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム