世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2465
世界経済評論IMPACT No.2465

マクロン 尊敬と傲慢と憂鬱:リーダーに求められる「本質」とは

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2022.03.21

 2017年に登場したマクロン大統領のこの5年間の軌跡ほどパラドックスに満ちているものはめたったにない。大統領選挙を数週間後に控え2回に分けて総括と展望を試みる。

 第1にマクロンの政治イデオロギーである。その著「21世紀の資本論」を通じて格差問題の世界的権威,第1人者であるトマ・ピケティ教授は,マクロニズムは発足当初の中道左派を中心としたその支持勢力から中道右派に傾斜させていると分析している。フランスの政治地図そのものの右傾化が環境政党も含めた左翼陣営の分裂と低迷によって欧州のなかでも際立っている。多くの複合した要因があるが,マクロン政治そのものにも起因する。大統領就任時,大統領の考え方についてリベラルでかつケインズ主義的公的介入,市民の政治的権利拡大,などを主張する「自由社会主義」(liberal socailisme)が標榜された。これは戦後ドイツのエアハルトなどが進めた社会市場主義経済システムやイタリアの伝統的な社会自由主義にも類似するものである。マクロンは単純化して言うと左翼で出発し保守に転身したのである。

 このような社会民主主義的な要素も取り入れた自由市場主義を掲げたマクロン大統領は,就任早々,そのスピーチのなかで“アンメーム・タン”(En meme temps),「同時に」という言葉をたびたび使い話題になった。この用語は実は時間論や現象学で有名なフランスの20世紀の哲学者ポール・リクールの概念である。マクロンはその愛弟子でもあったが,とくにその著書「物語られる時間」(Temps et recit)に影響を受け,権力を構想し実践しいていくには政治の舞台に哲学者として登場しなければならないと考えている。このような考え方や価値観がないと政治の統治は不十分であるとする「物語的同一性」(identite narrative)を重視するあのポストモダン思想に属する立場である。記憶や歴史における自己と他者の混在を説くドイツの哲学者H.ハーバマスからも着想を得たものである。さらに付け加えるならこの「同時に」という表現はマクロンだけでなく,19世紀よりテオドール・ド・フドラや,「反抗的人間」や「転落」などの作品でアルベール・カミュが頻繁に多用した。マクロン自身,収斂の難しい反対の考えを裁量し綜合するための不可欠の論理と述べている。マクロニズムの正体はサン・シモン流の産業主義と,フランス革命のジャコバン派から分派した立憲君主制擁護のフイアン・クラブの流れを汲む社会党系進歩政党の穏健派を基盤とするものであった。

 第2はベルリン壁崩壊以降の左右の壁希薄化,リベラルな極対国家同一性の極の抗争の時代になかで既成の左右の政党が行き場を失ってしまい,その漁夫の利を得たのである。左翼陣営の大統領選挙の候補者分散化やそれに伴う失望感などもそのような傾向に拍車をかけたことは明白である。しかしこれだけではパラドックスの解明には不十分である。当時39歳のマクロンは2017年の大統領選挙に向けて社会党率いるオランド大統領ヴァルツ内閣の経済担当大臣を辞して新党「共和国前進」を結成,既成のフランス政治に挑戦。既成秩序を破壊する「アンチ・システム」とドミニク・レニエ・パリ政治学院教授は形容したところであった。2017年の大統領選挙では中道左派色の多い政治勢力を結集して勝利した。しかし2022年選挙では中道モデム,保守共和派アジール,保守中道オリゾン,マクロン派環境政党アン・コマン,中道派テリトワール・ド・プログレなど過去のフランスの中道右派と保守系中道派の複合諸政党がマクロン支持で結束している。つまり左派から右派へ転換が明白になった。ダニエル教授は発足当初からマクロンはフランス革命以来のジャコバン派のなかでも中道穏健のフイヤン派の流れを汲む中央集権型の中道保守派であると見抜いていた。

社会党,緑の党,「不服従」党,共産党,など合わせても左翼陣営は4月の第1回大統領選挙でやっと27%の支持率で,これはゼンムールとルペン2人の

 極右を合わせて29%,保守共和派ぺクレスの17%,マクロンの24%がルモンドの12月世論調査結果であった。

 直近3月16日の世論調査よると4月10日の第1回投票でマクロン29.5%,マリ・ルペン19.5%,メランション11.5%,ゼンムール11%,4月24日の第2回投票で右翼ルペン候補相手の決戦投票は58%で圧勝する予測となっている。マクロン支持層が保守派から中道右派まで拡がり支持が強まっていることが浮き彫りにされた。欧州の近隣国ではこのような左翼政党の弱体化は起っていない。社会主義政党と見なされる民主主義者,社会主義者,労働党がドイツやスペインでは中道左派政権にある。また近い将来には英国やイタリアでもそれに近い政権が誕生することも十分にと考えられる。

 フランスでは過去40年間の内,社会党政権がミッテラン以来20年間も続き,これが他国にはない特有な倦怠感につながっている。左翼勢力はドイツではたった7年間,英国では13年間,スペインでは左翼が分裂しポデモス(We can)急進左派欧州懐疑党との連合政権などの状況が続いた。フランスでは中道左派政党は過去の反省に立ってメランションの不服従政党などとよりを戻すべきであるとピケティは言う。フランス政治の右傾化はフランス特有の事情,とくに植民地時代の悔悛のトロマチズムの感情,とくに根強く残るアルジェリア戦争などの歴史的事情がある。「フランス人のアルジェリア」(Algérie française)の追憶や外国人嫌悪感情がルペン主義やゼムール主義の極右台頭に大きな影響を与えるようになった。このような政治地図の激変に加えて政治次元に本来属さない2つの「事件」がマクロン優位に動いてしまった。コロナ疫病対策とウクライナ紛争は大統領選挙を外部環境というコンテンジャンシー条件に従属させることで国内政治的な論争を迫力のない色褪せたものにしてしまった。しかし番狂わせもシナリオも予想される。年金改革,コルシカ州知事暗殺事件裁判,ガソリン価格急騰などいつ反対運動が噴き出すか予断を許さない。ウクライナ紛争,経済政策,コロナ対策との関連は次回に論評する。

[参考文献]
  • Thomas Piketty Emmanuel Macron porte une responsabilité écrasante dans la droitisation
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2465.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム