世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「子育てしやすいまち」からエネルギー地産地消へ:北海道上士幌町の進化はとまらない
(国際大学副学長・大学院国際経営学研究科 教授 )
2022.02.28
昨年12月,北海道十勝地方北部の上士幌町を訪れる機会があった。進化するまちづくりの現場を見学するためである。
上士幌町は,ふるさと納税の成功事例として,よく知られている。クレジットカード決済の導入や最大の納税サイト「ふるさとチョイス」への掲載などの点で全国の先陣を切った同町は,集まった寄付金を「子育てしやすいまちづくり」に使った点が秀逸であった。給食費を含む保育園の無料化,高校生までの医療費免除,小学校での体育・音楽の専任教員の採用などの思い切った施策を次々と打ち出した結果,子育て世代の上士幌町への移住が相次ぎ,2015年から人口は半世紀ぶりに増加傾向に転じた。そのまちづくりの勢いは今も加速している。
東京23区全体よりも広い土地に,人間約5000人,牛約4万頭が住む上士幌町。主要な産業は酪農と畑作だが,長年,牛のふん尿が発する臭いの問題に悩まれてきた。そこで,ふん尿を集め発酵させてメタンガスを生成し,それを燃料にしてガスエンジン発電機を動かして,発生した電力を地元に供給するというビジネスモデルを導入した。メタンガスを取り出した残りの液体は畑で肥料として使い,固体は牛の寝わらになる。さらに余ったガスを活用してビニールハウスを運営し,ブドウやイチゴを栽培する。「リサイクルビジネスの鏡」と呼ぶべき仕組みなのだ。
この仕組みを支える中核施設であるドリームヒルを訪ねた。「日本一美しい牧場を目指す」れっきとした酪農施設であるが,外見は近代的な工場のようだ。有人牛舎で2200頭,ロボット牛舎で860頭の乳牛を飼育し,1日当たり200トン以上のふん尿を集める。それを地下配管で原料槽さらには容量1990㎥の2基の発酵槽に運び,そこで攪拌してメタンガスを発生させる。地元の土谷特殊農機具製作所が開発したシステムだそうだ。原料槽のふたをあえてあけていただいたら,悪臭が鼻をついた。ふたは通常閉じられており,ドリームヒル全体にわたって,ほとんど臭いがしない点が印象的だった。
メタンガスから電気を生み出すのは,ドイツ2G社製の出力150kWのガスエンジン発電機2基。ガスの一部は,隣接地でトチオトメとシャインマスカットを生産するビニールハウス用の燃料に使われる。
もちろん,酪農施設そのものもすばらしい。無人のロボット牛舎では,オランダ製の16台の搾乳ロボットをはじめ,給餌ロボットやお掃除ロボットなどが活躍する。目の前で1頭の牛が,自分でロボットに近づき,搾乳をすませて,ゆうゆうと寝床にもどる「漫画」のような情景が展開され,息をのんだ。有人牛舎の搾乳用のターンテーブルも圧巻だ。50頭ほどの牛がテーブル上で一堂に会し,頭を真ん中に向けておしりを放射線状に広げる。ゆっくりとターンテーブルが1回転するあいだに搾乳が行われ,その間牛たちは気持ちよさそうに反芻している。搾乳が終わった牛はテーブルを離れ,次の牛と入れ替わるのだ。
上士幌町には,ドリームヒルのようなバイオガス発電施設が,大小合わせて7箇所ある。そこで得られた電気はFIT(固定価格買取制度)を使って北海道電力に買い取られるが,それを北海道ガスが特定卸の形で買い戻し,ご当地電力の「かみしほろ電力」を通じて,町内の需要家に供給している。電力の需給調整を担当する北海道ガスこそが,上士幌町のエネルギー地産地消の「陰の主役」だ。北海道ガスが都市ガス事業にとどまっている限り,上士幌町のようなガス導管が届かない地域で事業を本格的に展開することはなかっただろう。しかし,電力市場に果敢に進出し「北ガス電気」を売り込んだからこそ,北海道ガスは全道各地でエネルギー地産地消に関与できるようになった。現在では,「北ガス電気」は離島を除く北海道の全基礎自治体で販売されていると聞いた。
「かみしほろ電力」は,地域商社「karch(カーチ)」の一事業部門だ。カーチは,上士幌町や北海道ガスなどが出資する株式会社で,ご当地電力のほか,日本一広い公共牧場であるナイタイ高原牧場でのレストハウスの運営,すっかり十勝地方の観光名所となった「道の駅かみしほろ」の運営,北海道バルーン(気球)フェスティバル等のイベントの開催,旅行業・宿泊業や体験型観光などに幅広く取り組んでいる。最近ではドローン配送を組み込んだ新スマート物流“SkyHub®︎”の構築にも,力を入れている。
上士幌町のご当地電力は,電気販売のみで自己完結しているのではなく,カーチが展開する総合的なまちづくりの一環に組み込まれている。しかも,地元の基幹産業である酪農と直結しているという強みもある。「かみしほろ電力」が全国各地のご当地電力に比べて住民の支持をより強く受けている秘密は,ここにある。
「道の駅かみしほろ」で,地元の食材をふんだんに使ったフルコースのランチに舌鼓を打った。「思い出に残る洋食レストラン」という触れ込みは,まったく誇張ではない。
上士幌町訪問の最後に,全国的に名の知られた「まちづくりの達人」竹中貢町長のお話をうかがうことができた。人が集まるとまちづくりが進む。まちづくりが進むとさらに人が集まる。さらに人が集まるとさらにまちづくりが進む。この進化のメカニズムを淡々と語られる町長の姿は,実に格好良かった。
すがすがしい気分に満たされた冬の十勝の一日だった。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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