世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
カーボンニュートラルと言う前に考えるべきこと:エネルギー政策の現実解は
(東京国際大学 教授 )
2022.02.28
カーボンニュートラルが実現するか?
環境分野の研究者からのエネルギー政策に向けた発言や提言が,昨今,多く出されるようになってきた。2016年のパリ協定の発効後,欧州諸国の研究者や団体からも,「世界における最大の課題は,温室効果ガスの排出量ゼロをいかにして達成するかにある」とのテーマでのオンライン会議への参加のお誘いを頂いたりする。ただし,「何が何でも『脱炭素』」と言う前に,貧困,格差,人権,医療・保健・福祉,教育,紛争,難民,経済発展,公正な競争と貿易,健全な情報伝達手段の確保・維持など,まず取り組むべき世界の課題が多く存在する。
日本でも,石炭を始めとして,天然ガス,石油の化石燃料に加えて,さらには原子力利用をもすべてゼロを目指すべきだという人が出現している。石炭を利用することは犯罪であると主張する環境NGOも存在する。現在,世界の石炭消費量は確かに多いが,1億年から3億年前に起源を持つ石炭を,同じく1億年から3億年にわたって少しずつ使うとすれば,木材等のバイオマス利用と同じ再生可能エネルギーの利用としてのゼロ排出換算もあり得るはずだ。
当方,国内では,地域起しのプロジェクトに30年程前から加わり各地の訪問を続け,地域における熱の共同利用のプロジェクトであるコージェネ(熱電併給)の導入,あるいは,バイオマス利用による発電と排熱利用のプロジェクトの評価などにも取り組んできた。都市域を除いては,コージェネの導入による地域冷暖房のための熱供給を有料で実施していくことは,実はたいへん難しい。電力メーターを設置して売電することは確実な収入となるが,一方,温水や蒸気を売ることは,正確な供給量と売買価格の算出が容易でなく,電気に比べると熱の売価は,エネルギー量当りで高くても3分の1,4分の1に止まる。
コージェネの導入には,従来から政府の補助金がつぎ込まれてきた歴史があるが,コージェネ導入先のデータを入手して分析していくと,熱利用が図られておらず,「電気のみを販売しているコージェネ設備」が存在していることもある。
そもそも沢山の熱を必要とする施設は,安価に熱をどのように入手するかに最大限の努力をしており,新たに熱需要を探し出し,創出することは難しく,再生可能エネルギーの導入は,実は課題が多い。
「中国」を考えた上での日本の政策のあり方
再生可能エネルギーの導入を考えると,即座に,中国製の太陽光パネル,電気自動車,電池,レアメタルなど,中国の存在を意識せざるを得ない状況がある。WTO加盟時の協定条件を守らず,さらにRCEPでは留保条件をつけて,関税引き下げの完全実施までの5年,10年といった期間で,世界のマーケットシェアを確保するとの戦略が,中国により採られている。中国の中央及び地方政府からの多額の補助金の提供があることで,中国は世界の市場を席巻してきており,公正な市場での競争がなかったために日本企業は敗れてきたと言える。
冬期オリンピックを実施した河北省の張家口市は,現在は北京から高速鉄道が繋がり1時間ほどでたどり着く。この場所からさらに北方の内モンゴル自治区に至るエリアは,中国の風力発電のメッカと言われ,強風で有名な地域である。当方も一度訪問したことがあるが,訪問した場所では,1,500kWの風力発電設備(高さ80メートル程度)を年間100基程度,建設を進めていた。この規模で建設を続け,欧州の風力企業に中国での風力発電設備工場の建設を求めると,欧州企業も協力せざるを得ず,工場ごと欧州の有力メーカーの進出が行われて,風力発電設備の製造技術を丸ごと中国が導入していた。さらに驚くのは,同時同量での売電義務を,風力発電企業は負っていない点で,送電会社の中国国電に売電すればそれで終了となっていた点である。同時同量をいかにして確保しているのかと,張家口の風力発電事業者に聞くと,「それは何か」と逆に質問され,さらに「そのように良い技術を日本が持っているなら,共同研究しよう」と言われた。共同研究は,勿論すべての技術をただで提供するようにという中国の常套句である。
この時には,北京市政府が進める電気自動車工場の建設計画についても北京で聴取したが,当初から10万台規模の製造工場を立ち上げる計画としていた。勿論当面,採算が合わない計画であるが,担当者は,「北京がこの規模で実施しなければ,上海等の他都市が先に進めてしまう」と述べており,地方政府の多額の補助金頼みのプロジェクトであった。
日本企業のように,個別企業が自社のキャッシュフローの許す範囲で世界で競争をしようとしても,とても勝ちきれない状況が存在していることは明らかであり,日本のエネルギー政策・経済施策を,現状を踏まえた上で再編する必要がある。
- 筆 者 :武石礼司
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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