世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2376
世界経済評論IMPACT No.2376

欧州グリーン・リカバリー戦略の気になること

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2021.12.27

 世界でポスト・コロナを睨んだ経済政策として巨額の財政出動がなされている。2021年,発足した欧州グリーン・リカバリー計画,EGD(European Green Deal)は経済政策,環境気候変動対策,格差是正,インベーション,R&Dなどの分野を包含する画期的な中長期戦略であるとされている。とくにコロナ禍においてEGDは欧州レベル経済復興の欧州連合によるルーズベルトのニューディール版にあやかった政策と見なされている。しかしながら,鳴り物入りだった「2010年リスボン戦略」と「欧州2020戦略」がいずれも失敗に終わったことを考えると今回の新たなEGDが果たしてその期待に応えられるかどうかは未知数であると言わねばならないであろう。

 本稿ではいくつかの気になる点について私見を述べてみたい。第1にEUのふれ込みのようにゲーム・チェンジと呼ぶに相応しいのか。第2にEGDの財源と政策課題の執行,その財政政策としての効果について,第3にEGD運用のタクソノミーとガバナンス,第4にグリーン成長と今後の地球的課題について若干,言及する。

 第1の点は,EUグリーン・ディールは確かに意義深い措置を包含しているがリスクもある。この多年度予算のパッケージを「ゲーム・チェンジ」とファン・デア・ライアン委員長は自賛した。2020年1月発表されたこのEGD計画は2030年までの「持続可能なヨーロッパ投資計画」(Sustainable Europe Investment Plan:SEIP)である。ゲーム・チェンジとはリーマンショックからの復興のための産業再生のブラウン・リカバリーでなくコロナ対策及び環境対策に備えたグリーン・リカバリーであり,その事業規模が「画期的」であることであった。すなわち,この欧州復興基金7500億ユーロ(約90兆円)はEUプロパーの予算3900億ユーロと民間の低利融資3600億ユーロを合わせたものを原資とするものである。その全体の9割強はこれまで禁じ手とされてきたEU委員会発行のEU名義の共同債による市場の資金調達である。EGDの財源は2020年1月発表された実際には「持続可能ヨーロッパ投資計画」の一部であるべきEU予算からの5000億ユーロなどいくつかの予算項目から流用したものである。さらに欧州投資銀行(EIB),加盟国の公的銀行,あるいは新たな公正な移行メカニズム対策費,イノベーション近代化基金など多くの投資支援予算措置などEU予算からの保証を新たに担保とするインベストEU基金を包含するものである。ブラッセルの多くの有力なシンクタンクや調査機関では「EUのグリーン・ディールは民間資金に依存し過ぎ」,「1兆ユーロという巨額のEUグリーン・ディール(EGD)はその戦略的売込み政策で,内容は粉飾的な決算である」など手厳しい評価が日本ではほとんど紹介されていない。有力機関紙ユーロオブザーバー記者ザビエル・ソル(Xavier Sol)によれば,「1兆8千億ユーロ予算という表現は広報戦略的な粉飾色の濃い財政数字で,実態は規模の小さい不安定な資金で合体された基金である」と指摘する。実際に投資される予算規模ではなく外部から資金を集計した財源の数字である。同氏によれば前EU委員長時代の「ジャンカー・プラン」と呼ばれた2014年1月の欧州インフラ投資計画の予算規模もこのように策定された。21年12月1日にEU委員長とボレルEU外交代表から発表された3000億ユーロのEU版一体一路構想「グローバル・ゲートウェイ」(Global Gateway)もEUプロパーな予算以上の民間資金が動員されている。さらに早くも中国の中東アフリカへの攻勢はこのEU予算執行が人権や環境の厳しい条件と引き換えでは食い止められないとル・モンド紙は懸念する。

 次にグリーンな環境政策における財源の選択はそのまま主要国の経済政策の相違となって現れている。米国では救済,雇用,家族,インフラに大型の財政を投入し「高圧経済」と自称するイエレン財務長官は,伝統的な新古典派マクロ経済学とは異なり財政支出派のクルーグマン,スティグリッツ,エプシュタインの主流派だけでなく,最近ではミンスキー,ケルトンなどの現代貨幣論者(MMT)の意見がバイデノミクス対策の財政政策に大きな影響を与えている。これに対してEU諸国の財政金融政策はECB(欧州中央銀行)や経済政策に管理運営されており各国の裁量の余地は大きくない。従って新たな課税かあるいはEU公共機関発行の債券による民間資金活用ということになる。今回のグリーン・リカバリー基金もその典型である。同様の傾向がCO2排出取引制度でもEUはどちらかと言うと政府主導型で導入に好意的で,民間市場寄りの米国や日本などは政府主導の排出制度にまだ寡黙なところがあると明日香壽川・東北大学教授(岩波新書)は指摘する。今回のEU復興基金で注目を集めたタクソノミー,持続可能な経済活動の分類体系は所謂,ポジティブ・リスト・アップであるが,石炭と原発を除外しての環境政策はやや説得力を欠くところがある。

 最後に多年度にわたる今回のEUリカバリー基金の財政支出効果について2点気になる。本来,古典的なケインズ・モデルではその財政乗数効果は数倍の需要拡大効果がある。大型の財政拡大でインフレ期待が高まり,2016年来の名目金利ゼロによって固定されているので実質金利は低下するため民間投資は乗数値が1以上になり増大するとする意見もある。しかし変動相場制下では逆に財政拡張が名目金利の上昇を招き民間投資を減少させてしまいいわゆるクラウディング・アウト効果が発生すると懸念するエコノミストもいる。コロナ禍で格差と失業が拡大するなかで,デジタル化と気候変動温暖化対策とサーキュラー循環経済化を意図したEUの長期戦略的意義は大いに評価されよう。EUは2010年の競争戦略,2020年の「欧州2020戦略」と10年ごとの野心的な世界的な目標を掲げてきたが,いずれも失敗に終わった。今回のグリーン・リカバリー計画こそは過去の轍を踏まなければいいのだが。

[参考文献]
  • EU Green Deal is too dependent on private finance’ Storm clouds over the Berlaymont. The €1 trillion figure for the European Green Deal is ’unfortunately mainly a sales pitch and the result of creative accounting”, By XAVIER SOL BRUSSELS, OPINION EU OBSERVER
  • 広報誌「ファイナンス」(mof.go.jp)
  • Global Gateway : 4 questions sur le plan européen anti-Routes de la soie chinoises , Les Echos, Paul Turban le 2 déc. 2021
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2376.html)

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