世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の対中貿易政策:見直しの行方と強まる米業界のいらだち
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2021.09.20
キャサリン・タイUSTR代表が「バイデン政権は対中政策を見直し中だ」と言い続けて,もう半年になる。最近では,同じ言葉を,8月24日に行われた米中ビジネス協議会幹部などとのオンライン協議で繰り返している。この協議で,タイ代表は「バイデン・ハリス政権およびUSTRは現在,米中通商政策の包括的な見直しを行っている」と述べ,「強靭な通商政策を策定するには,徹底した戦略的検証が欠かせない」と強調している」(同日付のUSTRプレスリリース)。
バイデン大統領の対中政策は前政権と大差なし
いったい見直しはいつ終わるのか。米国の業界は苛立ちを強めているが,バイデン大統領の言うように,「ビルトバック・ベター(BBB)政策を成功させてから通商問題に取り組む」とすれば,見直し後の新政策が始まるのは,新年度入りする10月1日以降になろう。
そうした中で,9月10日,The Wall Street Journal などが,タイ代表とジーナ・レマンド商務長官がホワイトハウスで協議,中国の産業補助金に301条を適用するための調査を検討,現行の対中301条関税賦課を見直し,一部品目に免除措置を導入,などと報じた(注1)。この報道はバイデン大統領の公式な発表ではないから,業界などの反応を探るための観測気球ではないかと言われる。
そもそも,バイデン政権はトランプ前政権とイデオロギーやスタイルは違うものの,対中政策の本質は変わっていない。ここでは,関税問題だけを取り上げるが(注2),タイ代表は以前,1974年通商法301条による対中制裁関税は今後の対中交渉の梃子として残しておくと述べていた。その言葉のとおり,前政権の残した対中追加関税は,税率も対象品目も同じままで,現在も米国の対中輸入の大半に適用されている。
また,英国やEUから,アルミニウムと鉄鋼に課した1964年通商拡大法232条による追加関税を撤回するよう求められても,バイデン大統領は応じていない。また,前大統領が離任直前に,10%の追加関税賦課から数量割当制に変更したUAEのアルミニウムについても,バイデン大統領は就任後10%の追加関税に戻し,米業界から感謝されている。
業界団体からバイデン政権に送られた二つの書簡
米業界のいらだちは,とりわけ301条による25%ないし7.5%の対中制裁関税に集中している。これは,業界団体が政府に宛てた二つの書簡からも明らかである。ひとつは,製造業,農業,流通,資源,貿易業など全米の主要業界を網羅した団体,「自由貿易を支持する米国人」(Americans for Free Trade)が6月30日付でペロシ下院議長とマッカーシー下院共和党院内総務に送った書簡(以下,書簡1),もう一つは米中ビジネス協議会,米国商業会議所など33団体が連名でイエレン財務長官およびタイUSTR代表に送った8月5日付の書簡(同,書簡2)(注3)である。
書簡1を下院のトップ2人に送ったのは,上院が6月8日に賛成68,反対32で可決した超党派法案「2021年米国技術革新・競争法」(S.1260)を下院も早急に可決するように求めているからだ。この法案は,①半導体,通信,人工知能などの産業強化,対中制裁の実行などを求め,②同法案に盛り込まれた「2021年通商法」の73001条によって1974年通商法を改定して,301条による制裁関税賦課の免除終了時点を2020年末から2022年末までに延長する。同時に,③301条関税を賦課するに当たっては,USTRによる調査分析を強化し,国内産業に影響が出ないよう慎重に対応するよう求めている。
書簡1が通商法の改正を議会に求めているのに対して,書簡2は対中交渉の再開などを次のように政府に要求している。①米中両国が2020年1月15日に調印し,2月14日に発効した米中第1段階合意で,中国がコミットした2021年の対米輸入を完全に履行する,②同合意で中国がコミットしたすべての中国側の構造問題を合意発効2周年の2022年2月15日までに解決する,③米政府はバイオテクノロジー,パテントリンケージ,競争政策,知財権保護,政府調達,補助金,サイバーセキュリティなど未解決問題に対処し,対中交渉を再開する,④米国の消費者・生産者に負担を負わせている301条を見直す。
301条対中制裁関税にいらだちを強める米業界
両書簡が共通して取り上げているのが対中301条制裁関税のコストの大きさである。米税関国境保護局(CBP)の発表によると,2018年7月6日の関税賦課開始から今年の9月8日までに税関が徴収した関税額は1,039億ドルにのぼる(cbp.gov/newsroom/stats/trade)。輸入業者が支払ったこの関税は,商品価格の上昇となって消費者に,あるいは対中輸入部材の価格上昇によるコスト増となって生産者に負担を負わせている。議会予算局の推計によると,これによる2020年の米国の消費者の負担額は一世帯当たり平均1,300ドルに達しているという。
301条制裁関税のもう一つの問題は,両書簡でも指摘されている制裁関税免除が2020年末で切れ,バイデン大統領が免除期間を延長しなかったことである。オンタリオ湖畔に工場があるニューヨーク・エアーブレーキ社は,中国から輸入した部品に25%の関税賦課が再開され,もはやコスト上昇分の吸収は不可能で米国での生産は困難,追加関税を課されずに類似の中国製部品を使っているメキシコの企業には勝ち目がないと語っている(注4)。
イエレン財務長官は対中制裁関税の撤廃を支持しているが,中国との戦略的競争,ミドルクラスのための通商政策を主張するバイデン大統領,あるいは労働者中心主義の貿易政策を唱えるタイ代表が産業界の要望にどう応えていくのか,その行方が興味深い。
[注]
- (1)筆者はThe Wall Street Journal を購読していないため,13日付のPolitico Weekly Trade, The Washington Post および Bloomberg を参照した。
- (2)米国の安全保障関係の対中規制については,ジェトロ:地域・分析レポート「バイデン政権でも続く対中強硬策,次なる焦点は対外投資審査か」が詳細を伝えている。
- (3)写しがサリバン国家安全保障担当大統領補佐官,ディーズ国家経済会議議長,ブリンケン国務長官,ビルサック農務長官およびレマンド商務長官にも送付されている。
- (4)Biden keeps many Trump tariffs in place, confounding businesses hoping for reprieve, The Washington Post(電子版), August 17, 2021.この記事には多くの米企業の事例が紹介されている。
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