世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
続・制裁下における北朝鮮の経済発展戦略:地方活性化・科学技術振興・幹部精幹化
(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2021.08.30
「こんにち我々を取り囲む史上初の世界的な保健(コロナ)危機と長期的な封鎖(経済制裁),災害性異常気象現象(今夏の干ばつ,洪水)による困難と隘路は,戦争状況に劣らない試練の峠となっている」。これは朝鮮労働党機関紙『労働新聞』(8月9日付け)に掲載された社説「非常な力と熱情で激難を打ち砕き,偉大なる新しい勝利に向けて勇進,また勇進して行こう」からの抜粋である。北朝鮮のメディアからは,悪化する経済状況が直接・間接的に連日伝えられており,その度合いも逐日強まってきているのが読み取れる。
統計からも北朝鮮経済を追っていくと,韓国の中央銀行である韓国銀行が7月30日,昨年(2020年)の北朝鮮の経済成長率(推定値)を前年比マイナス4.5%と発表した。これは自然災害による経済危機で「苦難の行軍」と呼ばれる1997年のマイナス6.3%に次ぐ落ち込み幅で,昨夏の水害による浸水・冠水害で農業・鉱業生産が大幅に減少したことなどに起因している。金正恩総書記も6月15日に開催された党中央委員会第8期第3回全員会議で「昨年の台風被害で穀物生産計画が未達となり,現在,食糧状況が不足している」と述べ,厳しい経済状況が依然改善していないことを明らかにした。また8月5日には,咸鏡南道で発生した「暴雨と洪水による被害復旧作業」のため,軍を動員して寸断された道路などの復旧に全力を尽くすよう指示したほか,セメントなどの復旧資材に国家備蓄分を充てるなど国家が財政物資的に支援するよう命じており,その被害の規模(家屋千戸以上,農地数百ヘクタールなどが浸水)から今秋の穀物収穫への影響も予想される。さらに貿易についても生命線である対中貿易が制裁とコロナ禍で滞っており,今年1~7月は前年同期比82.1%減の8,665万ドルにとどまった。制裁前の2016年同期と比べると金額ベースで96.8%減(以上,海関統計)にもなり,経済への影響は計り知れないものがあるだろう。
本コラムは,6月14日付け拙稿(No.2190)の続編として,制裁・コロナ禍・自然災害の「三重苦」で窮地に立つ北朝鮮が自国の経済再建に向けてどのような取組を進めているのか継続して論じる。前回同様,最近の『労働新聞』の記事から筆者なりに迫ってみたい。
第一に,地方経済・工業の自立的発展に向けた取組が挙げられる。いわゆる地方活性化策の推進である。今年1月の第8回党大会では,「社会主義建設の地域的拠点である市,郡が国の全般的発展を支える強力な堡塁」として「自立的かつ多角的な発展を推進し,地方経済を引き上げ,人民の生活水準を向上させる土台を磨く」と強調した。特に「国家的な大きな投資がなくても,地方の原料源泉に依拠して生産することができる条件と土台を構築した地方経済」が「自然地理的条件を積極的に利用するなど原料基地を強固にして発展する」として,たとえば慈江道・前川郡の場合,「山と川が多く,石炭などの地下資源が豊富に埋蔵されている」ことから,木の実などを用いて加工食品を生産したり,鉱山開発で生じた廃棄物で舗装用ブロックなどを製造したりしていると伝えている。
こうした動きは深刻化する財政難を受けて,地方が中央政府に依存することなく,地域の特殊性を活かして自立・持続できる成長戦略の構築を企図しているものとみられる。
第二に,科学技術の振興について触れてみたい。北朝鮮は生産性の効率化を図る上で科学技術を「経済計画完遂の近道」「難関克服の鍵」などと認識しその振興に注力している。たとえば「あらゆるものが不足し,困難であるこんにちの条件の下,最も信頼できる一番の力,主となる戦略的資産は科学技術の力」「使えば減ってしまう資源とは違い,科学技術の威力は無限大であり,無から有を創造し,不可能も可能にさせる」などとし,「科学技術を通じて原材料の国産化,再資源化を実現し,原材料の無尽蔵な源泉を設ける」とその意義を強調している。そして「隘路と難関を果敢に突破し,力強く前進している地域と単位は例外なく科学技術とその人材を重視する単位」と指摘した上で,「原料から部品に至るまでの国産化,再資源化が実現し,技術更新周期が常に短縮されるなどして生産効率が更に上がった」とする江西噴霧器工場(南浦市)などをモデル事例として紹介している。
その上で各単位が科学技術人材の育成に注力するよう促すとともに,「党の全民科学技術人材化方針」に基づき「大衆を知識型の勤労者,科学技術発展の担当者」となるようリスキリングの普及などを通じた生産性の向上も模索している。
そして最後に幹部の精幹化について指摘しておきたい。幹部精幹化とは,首領・党に忠誠を誓う精鋭幹部に育成することを指す。金総書記が幹部の資質や責任を問うことは常態化しており,幹部への批判や降格人事は今や特段目を引くことではなくなった。最近では6月29日に開催された党中央委第8期第2回政治局拡大会議で「第8回党大会以降,党中央指導機関などの幹部,各級単位活動家の責任と役割の重要性が更に高まっている」とし,「幹部隊伍を精幹化する事業に優先的な力を注ぐ必要性と党の幹部政策の重要改善方向について言及した」ことが報じられた。具体的には「現在,幹部の慢性的な無責任性と無能力こそが党政策執行に人為的な難関をもたらし,革命事業発展に莫大な阻害を与える主なブレーキになっている」と舌鋒鋭く批判したと伝えられている。幹部らに蔓延しているとする官僚主義的傾向,すなわち「形式主義や要領主義,保身主義,責任回避,敗北主義」などの諸要因が経済建設の障害になっていると警告したのである。
その上で北朝鮮は「経済建設で成果を上げられない主要原因は,様々な客観的条件(制裁による原料・資材不足など)にあるのではなく,活動家が難関を前に動揺し,自らの責任と役割を果たせないところにある」「こんにちの試練と難関は決して沈滞と不振,消極性と保身の言い訳となり得ない。活動家の無能と無責任な姿勢は,党と国家の苦渋を一身に引き受けて解決するという自覚が欠如しているところから生まれる」などと明らかにした上で,「試練と難関がいくら重なっても大衆の精神力を奮い立たせるなど,内部予備,発展潜在力である大衆の無窮無尽な力を利用すれば克服できる」と強調した。そして幹部・活動家が「労働者,技術者らと膝を突き合わせて虚心坦懐に話を交わす」「(率先して大衆の中に溶け込み)苦楽をともにしながら,大衆の精神が革命熱,闘争熱,愛国熱で力強く沸き返る」ようにすれば,「奇跡創造の妙策も,難関克服の方途も」自ずと見出すことができるとした。
こうした取組に関しては,経済的合理性よりも経済に対する政治の優位性を唱え,精神動員を中心とした総力戦を展開している北朝鮮体制の特徴が色濃くあらわれているといえよう。
北朝鮮は今年1月の第8回党大会で「自力更生,自給自足」を軸とする「国家経済発展5か年計画」(2021~25年)を提唱するなど,経済の立て直しに向けた取組を進めている中,金総書記は青年同盟第10回大会に送った書簡(4月29日)の中で「今後15年程度で全人民が幸福を享受できる,隆盛繁栄する社会主義強国を打ち立てる」と述べた。こうした金総書記の言辞や本コラムで取り上げた経済再建に向けた取組からは,「三重苦」の渦中でも積極果敢に経済成長を追求する姿勢がうかがわれるも,その一方で長期化する制裁・コロナ禍や新たな自然災害の発生などにより北朝鮮経済をめぐる不透明感が一層高まっていることもまた事実である。暗中模索を続ける北朝鮮経済はこの先どのような展開をみせていくのだろうか。引き続き研究に取り組んでいきたい。
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