世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ミャンマー日本人起業家に見る気迫の経営:コロナ禍そしてクーデター
(都留文科大学 教授)
2021.06.21
ミャンマーでは,2021年2月1日,軍部による軍事クーデターが発生し,ウィンミン大統領やスー・チー国家顧問を拘束され,ミン・アウン・フライン国軍総司令官が全権を掌握したと宣言。その後,連日のように,市民による反軍政の集会やデモが,ヤンゴンをはじめ全土で行われ,それに対する軍兵士や警察官による弾圧により,既に800人を超える死傷者が出ているとの報道もある。このような混乱の中で,大半の日本人が国外へ脱出しているが,歯を食いしばって,まだ頑張っている日本人起業家達がいた。彼らにインタビューした。
新谷夢氏は,ミャンマー定番のお土産クッキーを開発し,アウンサンマーケットでお土産屋さんを経営する。ミャンマーには適当なお土産用のお菓子が無いという気づきから,2013年,現地にてお土産店を始めた。お土産クッキーは,ヤンゴン空港内でも数か所で販売されるほど定番のお土産となっている。2020年3月23日に最初のコロナ感染者が発見され,3月末には店を閉じた。観光客等の来緬者が全くいなくなり,無収入状態で膨大な家賃と従業員の給与を払い続けた。その後,クーデターが起こり,再開の見通しが立たないことから,意を決し,以前から計画していた栄養価の高いモリンガ青汁を生産し,難民など栄養価の不足している人々へ販売するプロジェクトを進めている。さらに,食育や予防医療の啓蒙活動を計画し,ミャンマーに貢献したいとのこと。
若松裕子氏は,ヤンゴンで,2014年から,会計事務所を経営し,130社のビジネスをサポートしている。従業員27人,ほとんど女性(ミャンマーでは95%の税理士が女性)で,大部屋に皆一緒に机を並べて,ワイワイガヤガヤ会計業務を行っている。2月1日のクーデター後,従業員の安全を考え完全リモート業務とした。しかし,情勢が改善しない中,従業員が皆不安になっているのを感じ取り,5月から完全出勤とした。事実,皆出勤して笑顔が戻ったとのことである。若松氏は,従業員の個の成長を一番に考え事業を行っている。コロナ,クーデターを通して一人も辞めていないとのことである。
グロースミャンマー代表の芳賀啓介氏は,2013年にミャンマーに来て,レンタカー,タクシーと広告出版事業を行っている。コロナ禍,クーデターによって,約80%の駐在員が帰国する中,主力のレンタカー事業は大きな痛手を受けている。クーデターを機に,ビジネスに特化したフリーペーパーも休刊とした。今ミャンマーのためにできることは,事業を起こして雇用を守ることであると考え,ビジネス創出に躍起となっている。まずは,コロナ禍で閉じていた中心地から離れたワインバーを再オープンしているところである。
黒柳英哲氏は,小口金融機関向けシステム提供でミャンマー最大手のリンクルージョン社を展開している。2015年に,マイクロファイナンスを工夫することによってより多くの農村の貧困層を救うという信念のもと,本事業を立ち上げた。さらに,2018年には,日用品などの物資が十分に届かない農村にある個人経営の零細小売店向け物資の定期配送を始めた。コロナ禍の中で事業の展開スピードは鈍ったものの,生活必需品などの物資を小さな村々に届ける事業は重要性を増している。そして,クーデターによって寸断されたライフラインの供給を担うため,従業員90人の安全を第一としながらも,農村にある900軒の零細店舗への生活必需品物資納入を支えている。
ミャンマーで,シェアハウス事業,外国人向け英語・ミャンマー語家庭教師,ミャンマー語検定事業等を行っているFINAL sec社の山浦康寛氏は,コロナ禍に直面し,大きな打撃を受けた。主力の外国人向け家庭教師事業の売り上げが激減する中,現地の人向けのオンライン学習を開始した。当初,講師数4人,生徒数32人が,クーデター前の1月時点では,講師数120人,生徒数3200人に膨れ上がり,新しい事業の柱となった。クーデターにより,一時7割減まで落ち込んだが,4月5月には戻ってきている。有事の状況下,中学生以下の無料授業を提供したり,外国人に対するミャンマー語検定を採算度外視で行っている。
ミャンマーで最大のグルメ・ビューティープラットフォームを展開するヤタ-社を経営する市川俊介氏は,クーデターによってレストランと美容院への顧客アクセスを失った。これに対し,かねてから計画していたスーパーアプリ構想で,デリバリ-事業,POSシステム,公衆無線LANに加え,貧民層への医療アクセスを展開し始めている。最大手のグルメアプリを利用して,様々なビジネス課題,社会課題に応えるべく,矢継ぎ早に施策を展開している。
リクルート出身で当地人材ビジネスを手掛ける金井雅虎氏は,コロナ発生後2020年5月の最終便で日本帰国するも,残してきた現地社員とリモートで新市場に食い込むなど経営を続けている。クーデターでさらに状況が厳しくなり,日本で単発稼ぎでミャンマーの雇用を守っている。
海外でビジネスを行うにあたって,コロナ禍,クーデターのような想定外の事態が起こることは十分あり得る。このような経営環境の中,様々な判断があるが,今回はぎりぎりの環境の中で歯を食いしばって,頑張っている起業家に焦点を当ててみた。どのような最悪の事態に対しても,決して諦めることなく,常に前向きに,次々に施策を繰り出していく起業家から,ビジネスに賭ける気迫をまざまざと見せつけられた。
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佐脇英志
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