世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
気候変動と中央銀行
(関西大学商学部 教授)
2021.06.07
日本のメディアでは国連のSDGsを取り上げた番組やキャンペーンが盛り上がっている。女性の社会進出が世界でも低いランクであることも取り上げられ,ようやく世界標準との差に関心が向けられつつある。とは言っても,SDGsの中で気候変動への関心がもっとも高いようである。それは中央銀行にもいえる。欧州中央銀行(以下,ECB)のラガルド総裁は,2019年の就任当初より気候変動リスクに関心を寄せていたが2020年10月のスピーチでは,ECBの資産購入の中立性原則への疑問を呈した。従来,量的緩和(QE)の一環として,ECBによる資産購入プログラムが,ある特定の業界が発行した社債を区別せずに購入対象とし,市場への影響を中立とする中立性原則を反映させる形で購入する必要があるとしてきた。しかし,その中立性原則は,環境に対しては中立ではないかもしれない。欧州で社債を発行している企業の多くが,今まで環境には負荷をかけており,その企業群が発行する社債をECBが購入することは,間接的に環境に負荷をかけ,環境に中立ではないとの考え方である。そのため,従来の中立性原則を見直し,むしろECBが環境対策に取り組んでいる企業の発行する社債を積極的に購入することが望ましいという考え方をのぞかせた。
環境問題に積極的な企業の債券を,非伝統的金融緩和政策の一環として購入する量的緩和策をグリーンQEと呼ぶが,今後,ECBはグリーンに関与していくのだろうか。ECBがグリーンQEを実施することには,保守的な金融政策論者は反対であろう。実際,独連銀のワイトマン総裁は反対を示している。環境問題への対策は中央銀行が担うものではなく,政府・財政当局が行うべきというのは正論であろう。また,グリーンQEを実施したからといって気候関連被害を減少させられるのかも不明であろう。
しかし,EUがポストコロナの経済復興対策としてグリーンディールを打ち出して基金を設立している。今後,EUは産業政策としてグリーン関連事業を進め,これを機に欧州企業も環境配慮,温暖化対策にトランジション(移行)するものと思われる。無論,この欧州グリーンディールが環境対策に効果的なのかどうかは議論があろう。しかしながら,金融市場でのサステナブル・ファイナンスを含め,EUはグリーンディールを進めていくことで,企業活動のトランジションをめざす。このトランジションをECBが牽引役となるのか,どうかが問われる。この点,EU条約(基本条約と機能条約)によって,ECBは物価安定を損なわない限り,EUの目的達成を支援することができるとある。これが,ラガルド総裁がグリーンシフト・グリーン選好を表明できる根拠になろう。ではECBは気候変動に関与した方がいいのだろうか。
非伝統的金融緩和の一環として,既にECBはTLTROを通じて企業活動に関与をしてきたといえる。時限的な措置とはいえ,一定の効果をあげたことを考えるとポストコロナの経済復興対策としては,グリーンQEも効果をあげられるともいえる。EUがグリーンディールを経済復興の柱とする限り,ECBが関与することで,復興を加速することは期待できる。また,金融市場でも気候変動リスクの高さが懸念されている中で,グリーン関連債券をECBが保有することは,将来のポジション上のリスクを回避する点でも適当なのかもしれない。
このような中央銀行の気候関連対策への関与が拡大するのだろうか。これには各国の中銀のマンデートとの関連,気候関連対策の進展により異なる。日本銀行で気候変動リスクには関心を持っているようであるが,他の中銀に比べて格段にバランスシートを膨張させた日本銀行がはたして気候関連対策での出口を支えられるのかは,やや心許ない。
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