世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
21年はデジタル仮想通貨元年
(帝京大学 元教授)
2021.05.17
資本主義経済の歴史のなかで通貨の形態がここまで劇的に変わるような時はなかったのではないか。通貨のデジタル化はフィンテックなどを介在して国際通貨の勢力図など既存秩序まで揺さぶり始めた。本稿では第1に財政と金融が一体化してしまい,その峻別が,その政策ツールの差別化がますます区別が複合化するなか切り札としてデジタル通貨論が真剣味を帯びてくる。第2に世界的な通貨覇権がデジタル通貨標準化の先陣争いにかかっている。この2点をめぐってコロナ危機がこの通貨デジタル化が世界的に加速したことを論じる。
第1に欧州経済は利子率がゼロ近くになると利息もゼロとなるため手持ち資産を債権ではなく貨幣で保有しようとすることから貨幣供給量を増やしても民間投資の増加につながらないという「流動性の罠」に陥っている。フランスのエコノミスト,パトリク・アルチュに東京の講演会で質問したが答えがなかった。それでもドーマーの定理に沿った公的債務の持続可能性の論理から14年6月5日に導入したマイナス金利の深堀が続く不安が覆っている。こうして欧州では家計は銀行の預金金利がマイナスになり民間銀行に預けるより自分の「タンス」に預金する傾向がさらに強まっている。金融緩和によって期待される資金は家の中に滞留するばかりで消費や投資に向かわず景気は冷え込んだままである。そこでマイナス金利導入に伴い銀行預金利子を失うことを回避するための解決策のひとつとして仮想通貨導入の動きが活発化し始めた。それは中央銀行による個人・企業向けの電子マネ-「中銀デジタル通貨CBDC」(Central Bank Digital Currency)構想である。21年5月,欧州投資銀行(EIB)は1億ユーロのデジタル債券をイ―サリアのブロックチェーン決済用に試験運用,フランス中銀もCBDCトークン型仮想通貨の発行をした。実は欧州連合ではユーロはその現金導入が01年に発足するまでは99年の資本市場取引発足以来,すでに仮想通貨であった訳で,問題意識は90年代より多くの国で共有されていた。ドイツは仮想通貨の金融商品開発を可能とする法案を可決。スペイン,フィンランド,スウェーデンの中銀でもデジタル通貨案は排除されてこなかった。CBDCは柔軟で革新的な決済システムにおいて,現金や他の種類の通貨と共存する必要上,インターネット上で電子的にやり取りされるデジタル通貨はデータを暗号化することで,偽造や使用履歴の改ざんなどができないようになる。
マイナス金利を導入した欧州ではキャッシュレス化の動きが広がり始めた。イタリアやフランスでは現金による1000ユーロ以上の決済を禁じ,欧州中央銀行(ECB)はマネーロンダリング対策で500ユーロ紙幣の廃止を検討しようとしている。デンマークでは紙幣での決済を拒否できるようにする議論が始まり,電子決済が進展している。スウェーデンでは民間銀行がATMから現金を取り除く方向にある。早期に物価上昇率2%を達成するためにも金利,量,質の3軸でやれる金融緩和策の禁じ手として仮想通貨が語られている。日本では24年に千円札は北里柴三郎,5千円札は津田梅子,1万円札は渋沢栄一の新図柄にして「令和」の改元機運を盛り上げ景気刺激の効果を期待する向きもあったが紙幣廃止論も語られ仮想通貨に向かう世界的傾向から乖離していないのか気になるところだ。勿論,なし崩し的な仮想通貨の広がりをこのまま放置しておくと金融政策の有効性を失うリスクもある。仮想通貨の核心はクィンタ・エッセンチア(quinta essentia)「第五精髄」とも呼ばれる元素で月下界の四元素(火・空気・水・土)のほかに天界の元素として想定された第五元素であるとする考えもある。
第2はコロナ感染分散を表示するガウス曲線はその連続な平面曲線が凹から凸へあるいはその逆の変化を意味する変曲点にさしかかり始めている段階に達したとされる(欧州中央銀行レーン理事)。いよいよポストコロナの世界経済地図の構図が浮かび上がってくる。中国は22年の冬季五輪までにCBDCの正式発行を睨んで実装実験を経てデジタル人民元通貨を国家が管理運営し,それをタイ,アラブ首長国連邦,香港などの中銀と国際決済システムとして構築して米ドル中心の世界通貨覇権を揺さぶるために国際標準を狙っている。注目すべきはDX(デジタルトランスフォーメーション)の象徴でもある通貨デジタル化は新興発展途上国においてはかつての携帯電話の普及のように多くの最先端技術が蛙飛びのように銀行店舗などの金融インフラが整っていない分,中進国段階を超えて一気にデジタル通貨導入となる可能性が強いと言われる。国際決済銀行BISによるとデジタル通貨の実証実験段階に約6割以上の国の中銀が到達していると回答,実用化は近く21年はその元年になるとの声も聞こえてくる。公式統計ではないが2008年サオトシ・ナカモトがP2P経由のネット公開以来,世界には現在,すでに約2000種類もあるとされ増え続ける世界の仮想通貨の時価総額は2兆ドルにも達したという数字も出ている。あるいはイングランド銀行のカーニー前総裁米ドルに代わる将来の基軸通貨として主要国の「中銀デジタル通貨」を合成した「覇権通貨」(Synthetic Hegemony Currency)を中央銀行のデジタル通貨ネットワークを通じて供給することによってドルに過度に依存した現在の金融システムを変える可能性がある案の構想さえも浮上している。
欧州では財政金融政策が思惑通り効果を発揮しないなか,政策の裁量余地を広げようと仮想通貨に加えてマイナス金利政策だけでなくヘリコプター・マネーやベーシック・インカムを導入するという声も従前以上に多くなってきた。マネーロンダリングや個人情報保護など課題は大きいが,現金を全面的に廃止し通貨を電子化しようとする動きは,電子マネーが使えない低所得貧困層には最小限の現金を残しても歴史の必然の流れになった。
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