世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2041
世界経済評論IMPACT No.2041

就任後のハネムーン初期,バイデン政権フル稼働での戦線整備

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2021.02.08

 1月20日のバイデン大統領就任から早や半月,この間のハネムーン期を活用し,新政権は各種分野での戦線構築に万端怠りがない。

 例えば,就任初日には,15本の大統領令を発出した。前政権の諸措置を,後任が,大統領令で否定する事例は,米国の歴史上,決して珍しくはない。典型例は,1980年代初頭に民主党カーターから共和党レーガンに政権が移行された場合だろう。当時,筆者はニューヨークにいて,カーターのレーガシーが後任のレーガンによって簡単に覆させられていく様を見て,敗れ去った前任者に憐憫の情を感じたものだ。

 冷徹に言えば,後任者が前任の基本路線と違った方向を向いていれば,後任着任と共に,そうした真逆の対応は不可避となるもの。今回の場合も,バイデンにはそうしなければならなかった必要性が強かったにすぎない。パリ協定復帰,WHO脱会表明の撤回,国境の壁建設推進の撤回,環境政策転換のための自動車の燃費効率見直し等など…。

 更に,2週目には,バイデンは議会承認を要しない各省庁の上級・中級幹部約1000名をズームでの会議を通じて任命,早々と行政府組織の能力充足に動いている。各省庁のトップの上院承認が済まない中での,各組織幹部のバイデンによる任命(しかも,その多くが官僚出身)は,大統領の影響力が,各行政機関に直接及ぶことを意味する。通常なら,各省庁のトップが,自分の使いやすい人間を自分の副官的立場に置く,つまりは,新長官が省内の主要ポスト充足の人事権を発揮するのだが,今回のバイデン自身による各省庁幹部の迅速な任命は,結果として,バイデンに直接の忠誠心を抱く官僚たちを行政府各所に配する意味合いを持つ。こうしたポストに配された幹部の多くが,いずれも古巣の出身役所への復帰組。これも亦,行政は慣れた人間の手で,というバイデン流哲学の反映でもあるのだろう。

 第3は,言うまでもなく,議会上院の承認が必要な各行政官庁のトップ人事。各省庁トップに女性を多用し,亦,黒人を始め少数民族系やアジア系の人材を配し,且つ,運輸長官に大統領選挙時のライバル,ブテジャッジを指名。それとのバランスを取るため,同じくライバルだった左派のサンダース上院議員には,上院内での予算審議を取り仕切る,担当委員会の委員長の座を割り振る。

 こうした人事は,ジョージアでの連邦上院選で,2名の民主党候補が当選を実現する以前の段階(従って,上院でも民主党優位が確定する前)で決められていた模様。党内でも,左派がサンダースを厚生労働長官候補として強く押す中,彼では上院での承認が難しいという状況下,代わりにブテジェッジを運輸政策遂行の枢要ポストに廻し,以て左派の不満を最小限に抑え,且つ,上院での民主党優位を確保し続ける(サンダースが官庁トップになるために議員を辞すれば,即それが,上院での民主党優位の崩壊に繋がる)。一方,サンダースには議会上院で,予算を審議する主役の座を当てがう。こうした人事の背後には,リベラルなアジェンダを主張するなら,先ずは自分たちで動いて,実現に向けた流れを作れ,とのバイデンのリベラル派へのメッセージが潜んでいるのだ。

 第4は,関係省庁の専門家を集めて,対外技術戦略の策定や包括的な対中政策見直しの作業に入らせたこと。そして,それらの結論が出るまでは,技術戦略や対中姿勢はトランプ政権末期のそれを維持する,というのが基本ポジション。こうしておけば,これら分野のライバル(もっぱら中国)との関係も,仮に新たな交渉に入るとしても,スタート台としては,トランプ路線を外れることは不要な道理。ワシントンの消息筋によると,こうした見直しには3ヶ月~6ヶ月は掛かるだろうとのこと。それ故,バイデン周辺は,これら問題が,ハネムーン期に足を引っ張る可能性は少なくなるはず,と見做しているのだろう。

 第5は,選挙期間,並びに当選後に打ち出してあった4つの分野―コロナ対策,短期経済対策(もっぱら家計向け),長期のインフラ対策(グリーン・インフラ建設),ヘルスケアー制度の拡充―の優先順位をどう付けるかの問題である。現在までに明らかになった輪郭は,先ずは,コロナ対策と短期経済対策を一本化し,1兆9000億ドルの救済予算として纏めて,議会で優先度第一の目標として成立を期す。残ったインフラ建設とヘルスケアー絡みの政策については,前者を第2優先課題とし,ヘルスケアー分野は,取り敢えずはトランプが大統領令で縮小した箇所を,バイデンが大統領令を出して,トランプ指令を取り消す形で元に戻す。4つのアジェンダの優先分けは,概ねこのような筋書きだと推察される。

 第6は,CIAの日々の大統領へのブリーフィング役に,共和党ブッシュ政権時代の担当者を任命したことに象徴される,情報重視の意思決定(トランプは恣意的な意思決定をしたとのイメージが強い)の姿勢。共和党関係者から疑念が出にくくする構図が指向されている。

 そして,ここまでの段取りが済むと,後は議会共和党内を割ることが残された課題。民主党主導で進む,トランプ弾劾や連邦や州の検察官が進めている,トランプの各種疑惑調査等が,そうした際の道具として使われ,更には,連邦議会での短期や長期の経済政策立法が,彼らを惹き寄せる素材となるはずだ。要は,それら立法の中に,個別共和党議員への求愛の種(各議員のペットプロジェクト等を予算案の中で優遇する等など)が盛り込まれる可能性大と読むわけだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2041.html)

関連記事

鷲尾友春

最新のコラム