世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2010
世界経済評論IMPACT No.2010

欧州グリーン・ディールは中国依存?

蓮見 雄

(立教大学経済学部 教授)

2021.01.11

持続可能なスマートモビリティ戦略の3つの課題

 拙稿「欧州グリーン・ディールのグローバル・インパクト」(2020年9月14日付)で指摘したように,欧州グリーン・ディールは,EUの復興計画の中核に位置づけられ,「次世代EU」という新たな資金的裏付けを得て動き出した。その一環として,2020年12月9日には「持続可能なスマートモビリティ戦略」が公表され,2030年までに電気駆動車(EV)あるいはゼロエミッション車を少なくとも3,000万台普及させ,貨物輸送についてトラックを船舶や鉄道と組み合わせたモーダルシフトを進め,デジタル化によるモビリティ間のシームレス接続を推進するとの目標が掲げられた。輸送部門は,EUの温室効果ガスの4分の1を占め,うち7割が道路輸送であることを考えれば,こうした戦略が打ち出されるのは,当然ではある。

 とはいえ,その変革の経済的,社会的影響は大きい。なぜなら,輸送部門は,GDPの5%を占め,1,000万人を直接雇用しており,特に自動車産業は「産業の中の産業」と呼ばれるように経済的波及効果が大きいからである。しかも,自動車産業は,大規模集中型のエネルギー網・交通網のインフラと一体となって発展してきた。

 しかし,EVの発展は,まさに「産業の中の産業」に根本的変革を迫っている。それは,単に排出ガス規制強化だけでなく,次のような3つの新たな課題を生み出す。第1に,EVは,自動車産業のサプライチェーン全体の再編を必要とする。CASE(Connected,Autonomous, Shared, Electric)により,自動車メーカーのモビリティ・サービス・プロバイダーヘの変貌の新たな可能性が生み出されるが,その成否の鍵を握るのはデジタル化である。第2に,再生可能エネルギーとEVの急速な発展によりクリティカルローマテリアルズ(CRMs)の世界需要が激増する中で資源を確保しなければならない。第3に,従来のエネルギー網・交通網の大規模集中型のインフラを分散ネットワーク型に作り変えていかなければならない。

デジタルとクリティカルローマテリアルズにおけるEUの中国依存

 上述の第3のエネルギー・交通インフラの課題について,これまでもEUはTEN-T(Trans-European Transport Network)やTEN-E(Trans-European Networks for Energy)などの政策により,国境を越えた域内ネットワークの相互接続インフラの強化とアクセスに関する法令の整備を行ってきた。また拙稿「ジオポリティックスからレジリエンスへ:次世代のエネルギー安全保障」(当インパクトサイト2020年8月3日付第1835号)で説明したように,EUは水素戦略を含むエネルギーシステム統合戦略を打ち出している。

 ここでは,上述の第1,第2の課題について考えてみたい。この2つは中国との関係を抜きには語れない。IEAによれば,BEV(バッテリー式電気駆動車)の2019年の世界販売実績で,欧州13.5%,米国12.3%に対して,中国は36%を占めてトップである。BEVとPHEV(プラグインハイブリッド)をあわせると,中国のシェアは47%にも達し欧米市場合計を上回る。

 また,デジタル・プラットフォーマーと言えば,米国のGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)を思い浮かべるかもしれないが,中国のBATH(Baidu,Alibaba,Tencent,Huawei)が台頭し,米中貿易紛争の火種となっている。ヨーロッパでもファーウェイ排除の動きが広がり,ドイツでも次世代通信規格5G網導入について審査を厳格化することとなった。

 実は,EUが中国から輸入してる製品は圧倒的に工業製品が多く,特に電子情報処理・事務機器,通信機器が3割以上を占め,EUは,これらの製品の域外輸入の実に6割を中国に依存し,対中貿易赤字の一因となっている。

 加えて,太陽光発電,風力タービン,EV等の拡大は,その製造に欠かせないCRMsの需要を急増させるが,中国はまさにそれらの一大生産国である。例えば,EUは,製薬,医療機器,低融点合金で利用されるビスマスの93%,軽量合金や製鉄用脱硫剤に使われるマグネシウムの93%,バッテリーなどに必要な天然黒鉛の47%,パソコン,スマートフォン,EVなどの製造に欠かせないレアアースの98~99%を中国に依存している。

 つまり,欧州グリーン・ディールを推進することは,EUの対中国依存を深める可能性を含んでいるのである。

供給リスクと「オープンな戦略的自律性」

 だからこそ,2020年3月11日に公表された「新サーキュラー・エコノミー行動計画」は,電気機器・情報通信機器,バッテリー・自動車を含む資源集約型の主要製品(注1)について設計段階からバリューチェーン全体を循環型に変革する,つまりリサイクルによる二次原材料のEU域内調達により輸入依存を低減するための施策を示しているのである。この点は,「持続可能なスマートモビリティ戦略」においても,「……不可欠な原材料と技術の安定供給を確保し,戦略的分野における域外サプライヤーに対する欧州の依存を回避してより大きな戦略的自律性を実現することは絶対に必要である」と指摘されている。

 2020年9月3日付け政策文書「クリティカルローマテリアルズ・レジリエンス—より大きな安全保障と持続可能性への道筋を描く」は,より明確に「資源へのアクセスは,グリーン・ディールの実現を目指す欧州の野心にとって戦略的安全保障問題である」と述べ,20種のCRMsリストを示している。同文書によれば,供給リスクとは,「一次原材料の世界生産とEUへの供給が特定国に集中していること,環境面を含む供給国のガバナンス,リサイクルの寄与(二次原材料),代替原料,EUの輸入依存,第三国における貿易制限である」。

 そこでEUの戦略の柱となるが,2020年3月10日に公表された「欧州新産業戦略—グリーンとデジタルへの移行」において強調されていた「オープンな戦略的自律性(open strategic autonomy)」である。CRMsに関する政策文書によれば,そのためには,「十分に多角化され歪曲なくアクセスできる原材料の世界市場」が必要であり,貿易投資協定や相手国の協定順守と執行状況を監視する首席通商執行官(CTEO:Chief Trade Enforcement Officer)などのEUの通商政策ツールを利用して,「第三国とのエネルギー・経済外交を行うことも,クリーンエネルギーへの転換とエネルギー安全保障にとって重要なサプライチェーンのレジリエンス(強靱性)を強化する上で重要である」。

レベル・プレイング・フィールドと持続可能な発展を「埋め込む」試み

 2020年末にEUは,中国と包括的投資協定(CAI)について大筋で合意した。中国は,EUにとって,英国や米国と並ぶ重要な貿易パートナーであり,輸入の18.7%,輸出の9.3%を占める(2019年)。現状でもEUはデジタルとCRMsの面で中国に多くを依存しているが,欧州グリーン・ディールを推進することは,さらに中国依存を深めるかもしれない。また,CAIによって最も恩恵を受けると予想されるのは,既に中国で事業を展開しているダイムラー,BMW,アリアンツ,シーメンスなどドイツ系の企業であろう。こうしてみると「EUは,安全保障を脇において,経済的利益を優先した」という指摘には,それなりの理由がある。

 しかし,「オープンな戦略的自律性」を追求するEUの姿勢は,中国との包括的投資協定にも反映していることを見落とすべきではない。中国向け投資の28%を占める自動車分野では,合弁企業要件が段階的に廃止され,EV分野への参入が可能になる。また,金融サービスでも合弁企業要件や外資の上限制限が廃止される。さらに通信・クラウドサービスの投資禁止規定が撤廃され,50%の株式取得を上限に参入が認められ,国際海運や環境関連のサービス市場へのアクセスもできるようになる。

 特に重要なのがレベル・プレイング・フィールド(公正な競争条件)の確保に関わる合意である。つまり,外国企業に対する技術の強制移転は禁止され,技術ライセンス契約への介入は行わず,企業の重要なビジネス情報(企業秘密)が保護される。また,中国国有企業は,民間企業と同様に商業的考慮に基づき行動し,EU企業を差別的に取り扱わないことや補助金,規格・認証の透明性を高めていくこととなった。

 さらに,持続可能な発展の原則を投資関係に「埋め込む」として,投資誘致や保護主義などを目的とした環境や労働条件の規制の引き下げを禁止し,パリ協定の順守やILOの中核的労働基準の批准に向けた努力条項が盛り込まれ,紛争解決メカニズムや協定のモニタリングについても合意された。

 このように,EU・中国の包括的投資協定の大筋合意には,投資関係の中にレベル・プレイング・フィールと持続可能な発展のルールを「埋め込む」試みが観察される。

中国依存を回避しつつ欧州グリーン・ディールを実現できるか?

 再生可能エネルギーやEVの発展,デジタル化を活用したモビリティ戦略など欧州グリーン・ディールの推進は,EUにとって中国依存を高めるリスクを含んでいる。しかし,EUは,中国依存を回避しつつ欧州グリーン・ディールを実現すべく,「オープンな戦略的自律性」を柱とした通商戦略を展開し,それは中国との包括的投資協定にも反映している。もちろん,EU・中国の包括的投資協定が正式に締結されるには,EU理事会と欧州議会での承認が必要であり,香港での人権状況を考えれば批准されるとしても時間がかかるかもしれない。締結後に中国が協定を順守するかどうかという疑念も拭えない。

 しかし,メガFTAを通じて,経済大国となった中国をグローバルな制度に誘うことは,単にドイツ企業の利害だけでなく,公正な競争条件と持続可能な成長を組み込んだグローバルな通商ルールを構築していく上で極めて重要な課題である。WTOにおいても,WTO内で個別分野において複数国間の合意を目指すプルリ交渉やWTO枠外の有志国交渉との協力が試みられるようになっていることを考えれば,なおさらである。

 日本は,TPP11,中国を含むRCEP,日EU・EPAに参加しており,EUと協力しつつ,メガFTA間のルールの調和を図る調整役が期待される。

[注]
  • (1)この他,包装,プラスチック,繊維,建設・建物,食品における施策が示されている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2010.html)

関連記事

蓮見 雄

最新のコラム