世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2006
世界経済評論IMPACT No.2006

ミャンマーの新SEZ開発にあわせ経済回廊整備を:泰緬鉄道ルート開発で「産業ベルト」へ

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2021.01.11

 ミャンマー政府が発表したモン州の新SEZ・深海港構想は,泰緬鉄道ルートを経済回廊として一体的に開発することで,想定以上の経済効果が期待出来る。これらは「メコン産業ベルト」,または「インド太平洋戦略産業ベルト」構築に資する可能性がある。

停戦合意の果実の側面もあるモン州の新SEZ

 20年7月末に開催された「日・ミャンマー投資ダイアログ」で,アウン・サン・スー・チー国家顧問がモン州の新SEZ構想を発表した。同SEZとともに,深海港も開発する。日本の産業界とのダイアログで初めて発表したのは,ティラワSEZの実績を踏まえ,日本政府や日本企業に対する強いメッセージである。

 国民民主連盟(NLD)政権が同州に新たにSEZを開発するのは,NLD政権下の18年2月,新モン州党との間での停戦合意と無関係ではないであろう(注1)。モン州での新SEZ開発により,モン族や隣接するカレン族の雇用の場が創出されれば,少数民族への停戦合意の果実となる。

 モン州やカレン州での就労機会は少ないことから,長年に亘り隣国タイへの出稼ぎ拠点となってきた。国際移住機関(IOM)によれば,タイには少なくとも230万人のミャンマー人が就労しているが,19年8月のIOM調査(サンプル数8482人)では,実に約4分の1(24.5%)がモン州出身,またカレン州出身者は更に多く,27%を占めていた(注2)。新SEZによりモン州での雇用が創出されれば,国境を越えてタイに行かずとも,地元で就労出来るようになる。このことは停戦交渉の場に着席することすら拒否している他の少数民族勢力への刺激になる。

 ミャンマー南東部に位置するモン州の州都はモーラミャイン。アンダマン海に面する一方で,一部はタイ・カンチャナブリ県と国境を接する。モン州の新SEZは,現地ではモーラミャインの南約50kmに位置するチャイカミ,または25kmに位置するムドンなどが候補と言われている。深海港開発に際し,チャイカミ周辺で自然水深12mが確保出来るためである。

 ミャンマー政府は新SEZについて,ヤンゴン近郊のティラワSEZや東西経済回廊との連結性も重視するとしている。しかし,候補地は東西経済回廊沿いにあるわけではなく,同回廊から直線距離で約80km南に位置し,東西経済回廊との連結性の観点からは課題が残る。また東西経済回廊自体もボトルネックがある。現在,バンコクとヤンゴン間の一般的な物流ルートは,バンコクから北上し,ターク県で東西経済回廊を左に折れ,険峻な山々を越えてミャンマー国境のメーソット(タイ)・ミャワディ(ミャンマー)を通じてヤンゴンに至るもので,約900kmある。特に,ミャンマー国内のパアーン=コーカレイ間約80kmの区間は,アスファルトの路面が剥離・陥没するなど痛みが激しく,車両は低速走行を強いられる。また,モーラミャインでサルウィン川に合流するジャイン川支流(ラインブウェ川)に架かる簡易吊り橋ジャイン・コーカレイ橋は交通荷重20トンの規制があり,大型輸送車両は通行出来ない(注3)。

「荒野から産業ベルト地帯へ」

 実は,モン州の新SEZは,バンコク・ヤンゴン間の最短ルート上に位置している。ヤンゴン・バンコク間の最短ルートは,スリーパゴダパス(タイ・カンチャナブリ県)=パヤートンズー(緬カレン州)国境を通るルートで距離は約800km強。現在主に用いられている東西経済回廊経由ルートに比べ約100km短い。このルートは,第二次世界大戦中に建設された泰緬鉄道沿いのルートである。泰緬鉄道は,日本軍がビルマ戦線への補給路確保のため,終戦前の1943年10月,わずか1年3カ月で開通させたタイとビルマ(当時)を繋いだ全長415kmの鉄道である。ミャンマー・タイ国境のほとんどは険峻な山々で分断される中,急勾配に不向きな鉄道がトンネルもなく両国間で繋がっていたことは,同ルートが物流面で潜在性が高い理由の一つである。

 泰緬鉄道のミャンマー側起点駅はモン州タンビュザヤである。タンビュザヤの北西20kmの地点に,新SEZの候補地チャイカミが,45km地点にムドンが,それぞれある。勾配が少ないこのルートを国際幹線道路として整備出来れば,ヤンゴン・バンコク間が最短距離・最短時間で結ばれ,且つその途中に新SEZと深海港が位置する。これらの一体的な整備は,タイ・ミャンマー間の物流のみならず,メコン全体のサプライチェーンを大きく変えるインパクトがある。

 これまで泰緬鉄道ルートが主要な物流では使われてこなかったのは,ミャンマー側でカレン族(注4),モン族などの少数民族武装勢力と政府との戦闘地帯を通るためであり,長年に亘り外国人の立ち入りも禁止されてきた。しかし,停戦合意に至った今,新SEZ・深海港開発にあわせて,「死の鉄道」とも言われた泰緬鉄道ルートを,少数民族との「和解・平和の回廊」として経済回廊に生まれ変わらせることが出来れば,経済面のみならず,社会的意義があるプロジェクトになる。

 同ルートの有望性は2011年頃から深沢淳一氏(読売新聞元アジア総局長,神戸大学客員教授)が指摘していた。同氏は2019年7月,少数民族武装勢力の協力を得てパヤートンズーとモーラミャイン間の約150km区間を実走した。泰緬鉄道に沿って続く道路の道幅は大部分が2車線程度,9割が未舗装で,車で約5時間を費やしたが,道路の改良・整備により産業道路または国際幹線道路として十分に機能するという。また,同ルート北側にほぼ並行して走るルート(チャインセンジーを通じてモーラミャインの南約25kmのムドンまで)があり,全区間ほぼ平坦または緩やかな丘陵地帯で,既に舗装されているため,約3時間半で走行できたという。

「メコン産業ベルト」または「インド太平洋戦略産業ベルト」に

 モン州の新SEZと深海港にあわせて,泰緬鉄道ルートが経済回廊として整備されれば,タイの産業集積地「東部経済回廊」(EEC)と新SEZや深海港,そしてヤンゴン首都圏とが繋がり,新SEZ自体の戦略的位置付けが高まることは疑いない。更に,南部経済回廊(ベトナム・ホーチミン=カンボジア・プノンペン=タイ・バンコク)を通じて,ミャンマー・ヤンゴン=ベトナム・ホーチミンとが繋がることになる。これはメコン4カ国に跨るまさに「メコン産業ベルト」構想と呼ぶに相応しい。

 更に,日本や米国,豪州,ASEANなど,「インド太平洋戦略」を有する国々が連携して整備出来れば,インド洋と太平洋の主要港湾に繋がる戦略的重要ルートになることから,「インド太平洋戦略産業ベルト」構想として「インド太平洋戦略」の旗艦プロジェクトに仕立て上げることも出来る。

 1988年,タイのチャッチャイ首相はインドシナを「戦場から市場へ」と呼びかけた。このプロジェクトは,インドシナを更に「インド太平洋戦略の要へ」転換させることになる。

[注]
  • (1)同時に,北東部シャン州のラフ民主同盟とも停戦合意した。
  • (2)International Organization for Migration(IOM) “Flow Monitoring Surveys :Insights into the Profiles and Vulnerabilities of Myanmar Migrants to Thailand” (Round Three)
  • (3)国際協力機構(JICA)が有償資金協力事業で架け替え工事を行っている。2021年6月の完成を予定。
  • (4)カレン族との間ではテイン・セイン政権時代の2015年10月に停戦合意が実現している。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2006.html)

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