世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバリゼーションはどこへ行くのか:雇用をどうする
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.12.28
近年,トランプ政権が米国の雇用維持のために保護主義を打ち出したこともあり,グローバリゼーションが雇用に与える悪影響が注目されるようになっている。本稿では,この問題についての論点を纏めつつ,バイデン政権が発足したら政策対応はどう変わるのかを考えてみたい。
貿易,技術,雇用問題とトランプ政権誕生
グローバリゼーションはこれまで,振り子のように前進と後退を繰り返してきたが,技術革新を背景にして,その大きな方向性は⊕を維持してきた(8月17日付拙稿ご参照)。財の貿易に関しては,輸送技術,通関システム,金融技術(リスク分散)などの進展により貿易環境が整備され,さらには通信技術革新によって遠隔地との擦り合わせが容易になり,工程間の国際分業が一気に拡がった(注1)。
ただし,貿易は経済のパイを大きくするが,その利益がどのように配分されるかはまた別問題である。グローバリゼーションが進んだことにより,国際分業の波に乗ることに成功した新興国の労働者層では顕著な所得向上が見られて,世界全体の貧困削減に大いに貢献した。その半面,先進国の所得中・下位層では,比較的低技術・労働集約的な製造業の仕事が輸入品に駆逐され,所得は減少あるいは伸び悩むことになった。こうした世界の所得分布の変化を図示した「エレファント・カーブ」は各所で引用され,国際経済面での有名グラフの仲間入りをしている。
もっとも,先進国の製造業労働者の苦境については,技術革新による合理化圧力が雇用減少の主因であって,貿易の影響は小さいというのが経済学の多くの見方であろう。その中で,いやいや,そうでもないですよと指摘して話題になったのが,米国における中国からの輸入の影響を分析したAutor教授らによる一連の論文であった(注2)。
こうした流れを背景として,苦悩する製造業労働者階層を「発見」して支持者に変えたトランプ政権の誕生により,米国の保護主義化が一気に強まった。さらには,通信技術の進化に伴い,サービス分野などで非貿易財の貿易財化が日々,進んでいる。製造技術も貿易関連技術も共に技術革新が進み続けていて,雇用政策にそれが十分に反映されていない以上,トランプ保護主義政権の誕生は必然であったと言えるだろう。
2つの選択肢
ここで米国を始めとする先進諸国にとって重要なのは,原因が製造技術革新にせよ,対中貿易にせよ,苦境にある労働者をいかにフォローするかである。選択肢を大別すれば,①技術革新・貿易投資を進めながら労働者の雇用シフト(機械化・輸入増大等により余剰となった労働者を,労働需要の旺盛な新規産業などへとシフトさせる)を推進,②技術革新・貿易投資の利活用自体を抑制して雇用への影響を低減,のいずれか,あるいはその組み合わせということになろう。
まず①の雇用シフト策だが,具体的には労働者訓練・再教育などがあり,実際,米国においては,貿易調整支援などが長年実施されてきた(注3)。しかしそれにもかかわらず,雇用シフトが進んでいないことをAutor教授らは示した。技術の高度化や進化のスピード加速に伴い,求められる労働スキルもまた高度化し,かつ,目まぐるしく進化してしまう。中高年失業者がゼロからキャッチアップすることは,ますます困難になっている。しかも,複雑かつ困難な雇用シフト政策を適切に推進するだけの能力が果たして政府にあるのかといった問題がある。政府もまた,「失敗」するのである(11月16日付拙稿ご参照)。
米国でバイデン政権が誕生すれば,民主党が主導してきた貿易調整支援のような雇用シフト推進策は強化されることが予想される。しかし,仮に議会共和党の反対を押し切れたとしても,政策オペレーションが実効的に進むかどうかについては,全く予断を許さないといえる。
次に②の技術革新・貿易投資の利活用抑制だが,こちらは具体的には関税引き上げによる保護主義(トランプ政権)などが挙げられる。何年か前までは,WTO体制下においてこうした方策は禁じ手と捉えられていたが,トランプ政権が現実のものとしてしまった。今後,通信技術の加速によってサービス部門のオフショアリングがさらに深耕して労働市場への影響を増していくことを踏まえれば,雇用不安による政治的混乱を避けるために,この②の選択肢(技術革新・貿易投資の利活用抑制)がますます魅力的に映り出すことであろう。
バイデン政権が発足するとトランプの強烈な保護主義は改善されるとの見方が強く,実際,強硬な手段は取り下げられていく方向が予想される。ただし,かつてと比べて米国民の生活環境自体が悪化していることや,民主党内で左派の勢力が増していることを踏まえれば,もう元(トランプ以前)には戻れまい。トランプ政権ほど分かりやすい形(追加関税)ではなく,より見えにくい形で保護主義が潜行し,継続していくとみるべきであろう。
新型グローバリゼーションと雇用等への抜本対応
これまでのグローバリゼーションの経緯を振り返れば,常に技術革新(蒸気機関から航空機までのモノの輸送技術,情報を移送する通信技術等)が原動力となって進展してきたものの,技術は進化してもグローバリゼーションを進めるという意思が欠如していた2つの大戦およびその戦間期には,停滞・後退している(10月12日付拙稿ご参照)。つまり,グローバリゼーションが進展するためには,技術革新と意思が両輪となるが,当面,米国では,そしてエレファント・カーブに悩む多くの先進国においても,意思の方が伴わない状況が続くことが予想される。
モノ(財貿易)やヒト(移民)など,既存雇用を脅かす恐れのあることに対しては,国民が反発し,政府もそれに応える状況,しかも米中対立でグローバル・バリューチェーンのデカップリングが進行する中では,従来からのグローバリゼーションはしばらく停滞せざるをえまい。
だがその一方で,技術革新は着実に進展している。コロナ禍もあり,特に目覚ましく進展しつつあるのが,ICT技術である。通信技術を利活用したサービス部門のオフショアリング(これをボールドウィン教授は”telemigrant”と呼ぶ)は,モノの貿易と異なり,見えづらいままに水面下で進行する(注4)。今後しばらくは,従来型グローバリゼーションが停滞する中で,新型のグローバリゼーションが静かに広がっていくことが予想される。それは,サービス業も含めて,雇用問題が一層深刻化する可能性を意味する。さらには,AIやIoTといった技術革新も,製造業に限らず多くの雇用を代替するであろう。いずれ新産業が雇用の受け皿になる可能性はあるが,米国などがまさに今,経験しているように,スムーズな雇用シフト実現は至難の業といえる。
政府は,雇用・所得の在り方について,抜本的な対応策を迫られる時期がいずれ——近い将来に,やってくることになる。
[注]
- (1)リチャード・ボールドウィン(2018)「世界経済 大いなる収斂」日経BP/日本経済新聞出版本部など
- (2)Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson. 2016. "THE CHINA SHOCK: LEARNING FROM LABOR MARKET ADJUSTMENT TO LARGE CHANGES IN TRADE" Working Paper 21906, NATIONAL BUREAU OF ECONOMIC RESEARCHなど
- (3)鈴木裕明(2019)「自由貿易の理想と現実」ITIコラムNo.63, 国際貿易投資研究所
- (4)リチャード・ボールドウィン(2019)「グロボティクス」日本経済新聞出版社
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