世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国大統領の交代を国際協調への転換点に
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2020.11.30
2020年11月に実施されたアメリカ大統領選挙は,バイデン前副大統領の勝利が確実になった。トランプ大統領も,やっと政権交代のための手続きを連邦政府一般調達局に認めた。もっとも,彼自身は,今回の勝利は自分のものであり,選挙に仕組まれた不正があったと主張し,法廷闘争を継続する姿勢は変えていない。選挙での得票数は,バイデン側が8500万票超,トランプ側は約7400万票であった。トランプ大統領の大量得票数は,彼の支持者が依然多いことを示し,米国社会の分断が明確に存在していることを如実に物語っている。
2017年1月に就任したトランプ大統領は,米国の利益にならないと主張して,前オバマ政権が他国と取り決めた多くの協定を矢継ぎ早に破棄し,自分の思い通りにならない国際機関からの脱退を決めた。それだけではない。国際ルールを自分の支持固めのために勝手に曲げ破った。例えば,イスラエルの首都はエルサレムだとして,米国の大使館を同地に移転させた。また,イスラエルが武力によって占領しているゴラン高原を,イスラエルの領土として認めた。それは,パレスチナ問題を困難にし,西欧諸国が非難しているロシアの武力によるクリミアの併合などを,正当化することにもつながりかねないものであった。
これに対して,バイデン次期大統領は,選挙中から自分が大統領に就任したら,トランプ大統領が離脱したパリ協定,WHO,イラン合意,さらにはTPPなどへの復帰の可能性を表明している。米国の国際社会への復帰は,世界秩序の安定化に役立つことになることは間違いなく,歓迎すべきものである。
しかし一方で,バイデン次期大統領の発言に不安な要素がないわけではない。彼が,国際協調を主張し,同盟国重視を訴えながら,国際社会をリードすると発言していることである。彼は,トランプ大統領のように,同盟国に対して敵対するような政策を展開しないと思われる。しかし,同盟国を中心に敵対する中国,ロシア,その他の国々を封じ込めることによって,安全保障を高めようとするのであれば,深刻な問題を引き起こす可能性がある。彼が,かつての「パックスアメリカーナ」をもう一度という時代錯誤の夢をもち,大衆迎合型の政治を展開して支持を得ようとすれば,トランプ大統領の二の舞となる。
私たちが直面する現代の問題は,分断や対立,覇権争い,軍拡競争では,もはや解決することはできない。いま求められているのは,IT・デジタル革命の時代の新たなルールに基づく国際秩序である。いまや,世界にはかつての米国のような「超大国」は存在しないし,一国単独で世界をリードすることはできない。現代の国際社会は,国境を明確に定めたピラミッド型の国々が関係を持った時代から,各国・地域をサブシステムとするネットワークシステムの時代に代わったのである。
IT・デジタル時代においては,ヒト,モノはいうまでもなく,それ以上に大量のカネや情報が世界をかけめぐる。こうした新たな時代に各国が直面する問題は,1国内で解決することはできないものである。その典型が,2020年に経験した新型コロナウイルスの感染拡大である。ウイルスは自らの意思で感染拡大をもたらすのではなく,人間の行動によってもたらされる。国家間の協力関係がなければ,防疫や治療などの対策に関する情報共有が遅れ,迅速なコントロールは困難となり,人類全体の損失は甚大になる。ウイルスは,国家の体制,民族・宗教を選ぶわけではない。
産業主義の負の遺産である気候変動や,プラスチックゴミによる海洋汚染も同様である。IT・デジタル革命の中核を担っている米国のGAFAや,中国のBATHがもたらした越境EC,デジタルマネー,情報の独占や管理の問題など,国際的に共通のルールがなければ解決することは不可能である。格差の問題や人権問題についても同様である。こうした状況に対応するための新たな国際ルール作りが必要であり,これは国際協調によってのみしか実現できない。
そのため,米国と対立してきた中国,ロシア,北朝鮮などの国々はもちろんであるが,日本や韓国などもこの米国大統領の交代の機会を失うべきではない。過去4年間,米国国内での分断や対立のみならず,同盟国を含む国際的な対立は懸案の問題を解決するどころか,状況をいっそう悪化させた。対立構造は,どの国にとっても利益にならないことを世界は身近に経験した。各国が自国の繁栄と安定を目指すのであれば,他国と敵対するのではなく,協力して秩序ある安定した国際社会の構築に参加すべきである。
どの国も,自国の利益のみを得るために主導権を発揮するのではなく,他国との国際協調を重んじることによって国際社会からの信頼を得なければならない。信頼は,問題解決のための調整や良い意味での妥協から生み出される。まずは,各国首脳は既存の国連機関やG20などのテーブルに着き冷静に話し合うことである。
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