世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1962
世界経済評論IMPACT No.1962

パリが変わる

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.11.30

「世界一のグローバル環境都市にする」

 2020年3月と6月の2回に分けて行われたパリ市長選挙に勝利したアンヌ・イダルゴ市長は現行の都市計画地域計画(PLU: plan local d’urbanisme)を大幅に修正してパリ市を大きく変革することを今後の任期中の最重点目標に掲げた。7月のパリ市議会で発表した。都市計画のこれまでの規則基準をすべて生態環境と気候変動の対策に合致させるように法律改正をする。目的は,パリ市における緊喫となった環境問題の重要性をすべての都市計画プロジェクトに反映させるためである。パリのようなグローバル都市がここまでの地球環境保護都市宣言を謳うのは世界でも最初であろうとも言われている。2000年代の前任のベルトラン・ドラノエ市長の時に採択されたPLUは3回の修正を経たものであった。今回の新たな計画は長期的に10年から15年先を睨んだものであるが,2024年のパリ五輪までに実効あるものにする目論見である。20人の専門家の勧告などを盛込んだ計画案を市民会議にも諮り,参加型民主主義を実行に移すという点も特筆すべきものである。

 イダルゴ市長の掲げる目標は,土地の人工化を中立化するために1㎡の建築には他の場所で1㎡の非人工化を義務付ける。このような代償の原則を徹底して,住宅建設よりも庭園とか野菜園などを拡充することを優先するという自然環境保護の考えが強く表明されている。都市の集積と密度,コンパクト・シティの問題が深刻化するパリのような大都市においては適切な人口規模の単位ごとに市内のすべての地区を環境保護の観点から検証していくことが求められる。「垂直的な」高層建築に関して絶対反対という立場ではないが,「水平的」な土地空間を同時に自然環境の保護する領域として追求していく。さらに使用済みの製品・資材を再利用に向けて循環経済も尊重するように企業と市民に奨励する。セーヌ河岸歩行者道,河岸遊歩道,市内の歩行者と自転車の移動を優先する歩道,車道の廃止と縮小,などもう後戻りできない位,多くの生態環境保護政策が実行に移されようとしている。パリを世界一のグローバル環境都市にするというイダルゴ市長の決意と覚悟は誰よりも強く不退転と言われている。

セーヌ河畔の“ピエトニザシオン”

 2013年に整備されたセーヌ河岸通りの改造は意見の違いもあったが右岸と左岸合せて10ヘクタールのセーヌ河岸公園の遊歩道(pietonisation)となった。今やパリ市民に欠かせないスポーツ,遊び,憩いの場所になっている。セーヌ左河岸は2.3㎞,約30分の散歩道。都心部の車の往来にも邪魔されない憩いの空間となったのである。無料の多くの休憩用の椅子やクッションが用意されている。左岸の歩行者ゾーンはオルセー美術館前からエッフェル塔まで,セーヌ右河岸はパリ市役所からアンリ・キャトル河岸までの1.5㎞にそれぞれ2012年に歩行者天国となっている。チュイルリー・トンネルとアンリ・キャトルの間も閉鎖された後は,カフェ,レストラン,観光スポットに整備される。ジョルジュ・ポンピドー河岸の歩行者ゾーンはバスティーユ広場からエッフェル塔まで,左岸の2.3㎞,右岸の3.3㎞の歩行者遊歩道で構成されている。このバスティーユ広場からエッフェル塔との間,7㎞に歩行者天国と自転車走行レーンなどが整備されている。

1年半後の次期大統領選有力候補者か

 2014年,保守派ナタリ・コシウスコ・モリゾを倒してパリ市長に選出された社会党のアンヌ・イダルゴが2期目のパリ市長に選出されると誰が思っただろうか? 2014~20年の任期満了に伴う2020年3月15日の第1回投票は政治への幻滅感で棄権率が6割近くとなった。この第1回投票に次ぐ第2回投票は新型コロナ感染発生の真っただ中にぶつかったため6月28日に延期された。この全国30143の市町村の首長を選ぶ2回目投票では予想を上回る欧州環境緑党EELV(Europe Ecologie Les Verts)の躍進,かつての与党・共和派の後退,中道派マクロン大統領の共和国前進(LRM)の期待外れの不振,右翼・国民連合(RN)の人口10万以上の都市での勝利と,政権政党LRMや保守政党には厳しい結果となった。しかし,パリではこれまでの環境保護政党よりもさらに環境主義者であるとさえ言われるイダルゴ市長は得票率48%を獲得して共和派のダチ(35%)や党の共和国前進のブザン(13%)の両候補者を大きく上回って当選した。

 パリ・セーヌ河岸自動車通りの閉鎖は2016年に一部閉鎖を受けた控訴を2018年2月行政裁判所は根拠に乏しいと退けた。その後は,度重なるテロ事件,マクロン大統領選挙でLRMの躍進,社会党の敗北崩壊。河岸車道の論争,さらに新規導入の自転車レンタルサービスVelibの失敗,Autolibの中止,JCデコー社との広告塔事業の中止,街路の汚さに対する批判攻撃,など不利な材料が相次いだ。そのなかでのパリ五輪誘致の成功だった。また2018年,有力市会議員の第一助役ブルノ・ジュリアールの辞職もあり,さらに彼女の頑固一徹さに非難も飛び交い,2016年夏頃には人気に陰りが出ていた。フランスの全国市町村選挙前ではマクロン派が有利とされ,イダルゴ市長を擁護するひとも少なくなっていた。しかし彼女は絶対に断念することはなく,海外出張で五輪を勧誘,また環境都市パリをアッピールし続けた。その頑固さは有名で今では逆に勇気の証左とされるようになった。環境保護者や左翼の実力政治家になり,フランコ独裁に反抗してフランスに移住してきたスペイン人の父親譲りのストイックな性格を持ち合わせ持ち,LRMの選挙時の混乱や野党の分裂にも助けられて今回,大勝した。1年半に迫ってきた次期大統領選の社会党の大統領有力候補にも浮上しつつある。マクロン大統領の支持率が低迷するなか,今もっとも注目される市長となった。

[参考]
  •  Municipales 2020 : Paris tenu pour Anne Hidalgo Par Denis Cosnard
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1962.html)

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