世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1900
世界経済評論IMPACT No.1900

コロナ危機の影響受ける24年パリ五輪の開催準備

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.09.28

会場施設建設工期と交通網拡張工事の遅延

 2024年パリ五輪に新型コロナウィルス感染危機のもたらすインパクトが想像以上に深刻で拡がりを見せ始めている。パリ首都圏を中心として4年後の2024年7月26日~8月11日に実施されるパリ五輪は,グローバル都市パリの野心的なメトロポール・グラン・パリ(MGP:Métropole de Grand Paris)大都市開発プロジェクトと,パリ首都圏の広域行政など政治情勢にも絡んでいる。

 まず第1の問題は工事の遅れである。パリ五輪委員会(COJO:Comité des Jeux Olympiques)委員長トニー・エスタンゲによれば,グランパリ構想の新設鉄道環状線グランパリ・エクスプレス(GPE)の16号と17号の2路線の開通が五輪に間に合わないので代替輸送案を確保する必要に迫られている。2010年に発表された15号線,16号線,17号線,18号線の新路線,それに現在の11号線の14号線の北への延伸,接続ターミナル駅建設とRER(地域高速鉄道)の西への拡張,これらの総経費はグランパリ公団(SGP)の見積もりで384億8,000万ユーロであった。当時より会計検査院はプロジェクトの妥当性に疑問を呈していた。2017年より政権に就いたマクロン大統領はイル・ドフランス州知事カドーにプロジェクト再定検を要請。カドー報告は路線計画廃止より完成時期を2024年から2030年に引き延ばすことを提案した。会計検査院はしかし延期よりプロジェクトの範囲とSGPのガバナンスの見直しを求めて対立した。交通省の調査では五輪向けの17号線と18号線の開通は無理と判明,オリンピックの競技場へのアクセスは別の新たな地下鉄で間に合わせるべきと勧告した。

 もともとパリ首都圏の大規模再発計画は五輪開催決定前に大幅に後退する可能性が高くなりつつあった。オスマン知事のパリ大改造によって現在のパリの原型が出来上がった1870年から150年,新たな都市計画では市内に2つ,郊外に8つのCBD(Central Business District)副都心の産業クラスター拠点作りを想定した「グラン・パリ」構想は大規模な投資を行ってパリを欧州随一のグローバルト都市にする予定であった。しかしユーロ危機,パリ五輪決定とコロナ危機によって計画見直しと予算の修正に迫られている。

 水泳,ライフル,バレーボールなどの競技会場となるブルジェとサンドニの地区はパリの北側の小環状線枠内のいわゆるプチット・クローヌに位置し,大会の開会閉会式のメイン会場となるスタッド・ド・フランスもあるのでこれ以上の遅延はゆるされない。これらの工期の遅れはコロナ危機以前からすでに発生していたのであるが,今年になりコロナウィルスの感染がパリのこのサンドニ地域にクラスターとして集中的に発生,都市封鎖と厳しいフィジカル・ディスタンス政策によって交通量は本来の30%の水準にとどまり,会場施設の建設工事は大きく遅延した。

苦しい五輪財政収支見通し

 第2にコロナ危機の財政的影響をまともに受けてさらに追加の資金を調達しなければならなくなった。それまで目論んでいたパリ五輪開催シナリオは東京オリンピックの延期決定とともに突然,財政的にも脆弱なものになって狂ってきたと言われる。予算は難しい問題を含んでおり,とくに38億ユーロに上る五輪開催予算へのコロナ感染危機や都市封鎖による建設作業の中断と遅延の影響は大きい。パリ五輪準備委員長トニー・エスタンゲによれば大きな財政上の問題点として新設環状線グランパリ・エクスプレス(GPE)の16号と17号の2路線の開通もが五輪に間に合わず代替交通案が緊喫の課題に浮上している。とくに水泳,ライフル射撃,バレーボール会場となるブルジェとサンドニ地区はこの2路線に依存するオリンピックの中心会場地域である。さらに開催費38億ユーロに加えて「オリンピック・メディア・ビリッジ」などの工事建設費の30億ユーロ投資予算があるが,後者はその半分は公的機関によって融資されることになっている。しかし大会の目玉施設となるサンドニの五輪水泳センターだけで当初の1億1300万ユーロから1億7470万ユーロにすでに大幅に建設費がアップしている。

 2019年末時点で総経費が1兆3500億円(115憶ユーロ)である東京五輪の先例にない突然の延期はパリ五輪のスポンサー企業等に大きな不安に陥れた。2週間にわたる五輪とパラ五輪の競技がサンドニ地区,トロカデエロ広場,コンコルド広場,ベルサーユ市,マルセーユ市,タヒチ島などで開催予定のイベントに対して予算経費10%の節約が要請された。各種のお祭り的な行事はもっと控えめに行い,オリンピック村の収容人数も1万8千から1万5千に縮小する方向である。J.B.ジェバリ交通大臣は予定されていた地下鉄さらにサンドニにできる大会の目玉の施設となる水上競技センターの建設費が当初の1億1300万ユーロさらに1億7470万にも跳ね上がったとの報告。エスタンゲCOJO委員長は五輪の舞台裏となるレストラン,治安対策設備,輸送などでも削減可能とみている。東京五輪の先例のない延期は潜在的なスポンサー賛助後援意欲を委縮させている。パリ五輪は東京五輪の延期でコロナの影響により予算への影響に対して予算節約をどこに見つけるか頭の痛いところである。五輪開催予算案は民間収入(スポンサー,チケット,国際五輪委員会寄付)による38億ユーロで,その内訳はスポンサー収入10〜12億ユーロ,チケット収入10億ユーロ,IOC予算の14億ユーロである。これに31憶ユーロの建設費等の五輪投資予算が加わるが,スポンサー予定企業のなかにはコロナ危機で損害を被っている企業には資金協力の要請をするわけにはいかない。それでも多くのフランス企業は協力する姿勢は見せている。しかし12億ユーロを集めるのは非常に困難を伴うことである。パリ五輪の延期はすでに行っている数千の施設利用契約,宿泊部屋予約,などに大きな問題を発生させることになる。トマス・バッハ五輪会長の7月のパリ会合でもこの辺のことが話し合われたはずである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1900.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム