世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1883
世界経済評論IMPACT No.1883

韓国と北朝鮮の経済力比較:「体制競争」の結末

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.09.21

 韓国の文在寅大統領は,6月25日,朝鮮戦争勃発70周年記念式典の演説で「我々(韓国)のGDPは北朝鮮の50倍を超え,貿易額は400倍を超えた。南北間の体制競争はすでに遠い昔に終わった。我々の体制を北朝鮮に強要するつもりはない。我々は平和を追い求め,共に豊かに暮らしていこう」と述べるなど,北朝鮮に向けて南北の平和共存を呼びかけた。北朝鮮が同16日に開城工業団地内にある南北共同連絡事務所を爆破してから9日後に発せられた文大統領のメッセージには,経済的に発展した韓国の優位性を強調することで,北朝鮮に自制を求める狙いがあったのかもしれない。本稿では文大統領が言及した「南北間の体制競争」がどのような過程を経てきたのか焦点を当ててみたい。

 現在の韓国と北朝鮮のGNI(国民総所得)を比較すると,その差は歴然としている。韓国統計庁が毎年刊行している「北朝鮮の主要統計指標」(2018年)によれば,韓国が1,898兆4,527億ウォン(約1兆8,796億ドル)であるのに対して,北朝鮮が35兆8,950億ウォン(約355億ドル)と韓国の約53分の1に過ぎない。1人あたり(人口比約2対1)でみても,韓国が3,679万ウォン(約3万6,426ドル),北朝鮮が143万ウォン(約1,416ドル)と韓国の26分の1にとどまっている。貿易額は韓国が1兆1,400億ドル,北朝鮮が28億4,300万ドルと401分の1にまで広がる。また,工業分野をみても北朝鮮は韓国と比べて大きく後れをとっている。自動車生産台数は韓国の1,549分の1,粗鋼90分の1,セメント9分の1,発電量23分の1などである。一方,鉱物資源に目を向けると,石炭と鉄鉱石生産量は韓国の10倍に達するなど,北朝鮮が優位に立つ分野もある。

 このように現在の南北朝鮮の経済力は,圧倒的な差で韓国が優勢であるが,かつては北朝鮮が韓国を超える経済力を有していた。南北分断後,ソ連の援助を受けて重工業化を急速に推進した北朝鮮は,1973年まで1人あたりのGDPで韓国を上回り,経済成長率も1970年代中盤までは高い成長をみせていた(UNCTAD STAT)。たとえば,北朝鮮の金日成は1958年9月8日,建国10周年記念慶祝大会の演説で「破綻した南朝鮮(韓国)の民族経済を是正し,非常に零落した人民生活を正常化させるためには李承晩集団の売国政策を変形させ,南北間の経済交流を実施することが重要」と述べた上で,「すでに幾度にもわたって南朝鮮に対して南北間の経済交流を通じた電力,石炭,セメント,化学肥料などの供給を提案した」と明らかにするなど,自国の経済発展に対する自信を露わにしていた。しかし,その後は周知のとおり,ソ連の無償援助が借款に転換されたことや,計画経済の硬直化などで行き詰まり,積極的な外資導入と輸出主導型工業化を推進する韓国の猛追を受けた。

 翻ってみると南北分断後,韓国と北朝鮮は自らの政権の正統性を主張するため,熾烈な「体制競争」を繰り広げてきた。韓国の朴正煕は1968年の新年の挨拶で「武力対決よりも繁栄と福祉を目指す開発と建設の優越によってその勝敗が分かれる経済競争」と指摘した上で,「経済で北朝鮮を圧倒しうる国力を増強しなければならない」と強調した。一方,北朝鮮の金日成は1958年6月の最高人民会議第2回第3回会議での演説で「共和国北半部(北朝鮮)における社会主義建設と自立的民族経済土台の確立は,米帝国主義と李承晩一味に反対し,祖国の平和的統一を求める南朝鮮人民の闘争をより一層鼓舞し,激励することになる。それは今後,我が祖国の隆盛発展のための強固な物質的基盤となる。(中略)5か年計画の実現のための闘争は,北半部における社会主義建設のための闘争であると同時に,祖国の平和的統一を早めるための闘争であり,我が祖国の隆盛発展と我が民族の将来の繁栄のための闘争」と主張した。つまり,南北間の「体制競争」は軍事面だけに関心が向けられがちであるが,実際にはそれは「経済戦争」の様相を呈していたのである。

 他方,こうした南北朝鮮間の経済格差は,統一前の東西ドイツの経済力と比べても相当な開きがある。1989年の東西ドイツのGNP(国民総生産)を比較すると,東ドイツは西ドイツの12.6%,1人あたりでは47.2%の水準であった(韓国・対外経済政策研究院)。東ドイツはコメコン(経済相互援助会議)の中で最も先進的な工業国であったが,西ドイツとの経済力の差は明らかであった。このことからわかることは,南北朝鮮の再統一による経済的衝撃が東西ドイツ統一時のそれをはるかに超える規模になるということである。南北朝鮮の再統一は,経済発展段階の違いから極端な垂直型の統合になることが明らかであり,韓国側の経済的負担が膨大な額に上ることは容易に想像できよう。統合の移行過程で地域情勢の不安定化を招来しないよう周辺国や国際機関を含めた多国間による協力体制の構築が肝要となってくる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1883.html)

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