世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1847
世界経済評論IMPACT No.1847

グローバリゼーションはどこへ行くのか:「振り子」と「ベクトル」

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2020.08.17

興隆と衰退の繰り返し

 新型コロナウイルス感染拡大下で,グローバリゼーションをどう見るかが改めて注目を集めている。

 コロナウイルス問題が浮上する以前から,グローバリゼーションの停滞・逆流が指摘されていた。ダニ・ロドリック教授は,これまでの流れを,①第一次世界大戦前のグローバリゼーションの興隆,②2つの戦争とその戦間期の衰退,③第二次世界大戦後,ブレトンウッズ体制下での再度の興隆,④90年代以降のWTO体制下と見ていき,④については,資本移動など「過度の」自由化に伴う問題を指摘している(注1)。

 最近の論考では,Douglas A. Irwin氏が,世界の貿易とGDPの比を取って1870年以降を5つの時代に分けているが(注2),①グローバリゼーションの上昇期(~1914),②下降期(1914~1945),③上昇期Ⅰ(1945~1980),④上昇期Ⅱ(1980~2008),⑤下降期(2008~)とアップダウンを繰り返しており,その時代の分け方については,かなりの部分,ロドリック教授とも重なる。

 このように,グローバリゼーションは一直線に進んできたわけではなく,振り子のように興隆と衰退を交互してきた。1945年からは長期にわたり興隆の時代が続いたが,2008年辺りからは,貿易額のGDP比で見る限り60年以上ぶりで衰退期入りしつつあるように見える。

振り子とベクトル

 この振り子現象,その他多くの分野でも見られる。一例として米国の対中政策をみると,これまでは概ね,大統領選挙前の強硬策(選挙戦ではタカ派がうける)→就任後の融和策(中国市場は魅力的)→大統領選挙前の強硬策→…という振り子を繰り返してきた。

 あるいは米国での政府の役割をみると,第二次大戦後に「大きな政府」が続いた後,フォード,カーターあたりでこれが限界となり,そこからレーガンにかけて「小さな政府」に方向転換した。この路線はしばらく続いたものの,リーマンショックで再度流れが「大きな政府」へと変わる。つまりは,大きな政府→小さな政府→大きな政府…という振り子である。

 どのような政策であっても,⊕と⊖の2極,そのどちらかに振れ過ぎれば大抵は軋轢が増し,民意も離れる。そこで振り子が逆に戻り始める。注意すべきは,振り子の振れに惑わされずにベクトル(大きい方向性)を見極めることである。

 上の例では,米国の対中政策のベクトルは,経済面を牽引役として緊密化に向かってきていたが,オバマ政権後半あたりから潮目が変わる。通常,選挙時の強硬から就任後は融和に向かうはずが,オバマ政権では逆に対中警戒感が高まることになった。その流れはトランプ政権に引き継がれ,今はデカップリングが急速に進行している。背景には,これまで緊密化ベクトルを支えてきた構造要因の変化がある。変化は複数見られるが,たとえば,中国の経済規模が米国にとって脅威と感じられるまでに拡大したことは,不可逆的な構造変化であろう。

 米国の政府の役割については,財政支出(注3)の名目GDP比をみると,大きな政府期には上昇,小さな政府期では横這い・微減となり,これを繰り返す。その結果,GDP比は,1960年代前半の8%から2019年では16%とほぼ倍増しており,ベクトルは「拡大」である。背景のうちの重要な要因として,高齢化や医療の高度化による社会保障関連支出の継続的増加がある。今後もこの構造が変わる見通しは少なく,財政は拡大ベクトルが続く傾向が見込まれる。

グローバリゼーションのベクトルは⊕

 それでは,グローバリゼーションのベクトルはどうか。数値で確認しよう。

 貿易について,輸出の名目GDP比は第一次大戦前のピークで14%,1945年に4.2%まで低下してからは振り子を揺らしながら確実に上昇していき,2008年は25%超,2019年でも21.4%となっている(出所:Our World in DATA,IMF,UNCTAD)。

 直接投資はどうか。対内直接投資フローの名目GDP比をみると,1970年代は0.3~0.4%で推移していたが,今世紀に入ってからは,ITブームなど大規模M&Aによる一時的急上昇を除いてもベクトルとしては上昇しており,2%前後までレンジが切り上がっている(出所:UNCTAD)。

 人の移動については,世界の海外旅客数は1950年の2500万人が1980年には2億8千万人,2000年には6億8千万人,2018年では14億人とほぼ一直線に拡大,70年で50倍以上に増えている(出所:UNWTO)。

 最後に情報の移動だが,これは近年,爆発的に増加した。一部国家統制の強化なども見られるが,その点を斟酌してもなお,5G等技術革新に支えられ情報の移動は加速度的な急拡大を続けている。

 以上,どの分野でみてもグローバリゼーションの水準は上昇しており,ベクトルは⊕である。これら数値はコロナウイルス問題のため今年は急落が見込まれるが,問題は今後である。未来を占うには,ベクトルの背景にある構造要因を特定し,その要因の今後を考えなくてはならない。

 リチャード・ボールドウィン教授は,グローバリゼーションを動かしてきた最大の構造要因として,1990年までは貿易コストの低下,90年からはICTコストの低下,そして今後はICTのさらなる進化に伴い,事実上の人の移動コストの低下が生じることを指摘している(注4)。これらの技術革新は不可逆的であり,その利活用が停滞・逆流することはあっても,技術自体が退化することはない。すなわち,with/postコロナの時代において,米中対立もあり,グローバリゼーションの振り子が一旦は逆向きに振れたとしても,技術革新という構造要因は⊕のままであり,その意味においてベクトルは⊕を維持する可能性が高いといえる。

 ただし,今の逆流・停滞がどの程度深刻になるかは別問題であり,さらには,急速な技術革新がグローバリゼーションの質を大きく変えることも考えられる。こうした点については,稿を改めて検討してみたい。

[注]
  • (注1)ダニ・ロドリック(2013)「グローバリゼーション・パラドクス」白水社
  • (注2)Douglas A. Irwin(2020)“The pandemic adds momentum to the deglobalization trend”, REALTIME ECONOMIC ISSUES WATCH, Peterson Institute for International Economics
  • (注3)義務的支出+裁量的支出(冷戦の影響を除くため軍事費は除く)。出所:米国議会予算局
  • (注4)リチャード・ボールドウィン(2018)「世界経済 大いなる収斂」日本経済新聞社
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1847.html)

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