世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
過密コンパクト都市の憂鬱と試練:コロナ危機後の都市計画
(帝京大学 元教授)
2020.06.08
感染低下を受けた都市封鎖解除の動きを契機に安倍首相の言う通りコロナ・ウィルスとの共生時代に入ったとされる議論が世界的に盛んになってきた。3つ位の考えが浮上していると思う。元の状態に復帰させる,違った世界に入る,その中間の次元の時代に位置付ける。第1の考えは経済成長率をコロナ発生前に引き上げることを目標とするエコノミストの多くに見られる。第2は人間社会そのもののパラダイムの転換をする必要があるとする意見。地球環境や生態系のなかでの人類の生活形態を根源的に変えなければ未来はないとする人類学や哲学の立場である。第3はコロナ発生を「移動の自由」と「人の接触交流」を前提とする現代資本主義をどのように進化適合させるかという考えである。近代経済学の論点としてこれまで新古典派経済学,とりわけその内生的経済成長論における全要素生産性が想定する残余の効果,あるいは新ケインズ学派や新経済地理学が重視する集積によるスピルオーバー効果や収穫逓増の論理をコロナの影響は大きく超えるものである。コロナ疫病は経済学や経営学が制御も不可能でないと考えてきたリスクの向こう側にある見たことない「不確実性」の世界領域に属することである。リスクについては経済学ではナイト,経営学ではサイモンなどであったが,今後は行動経済学,環境学,地理学,社会学,政治学,心理学,などをそれこそ学際的に総動員して持続可能な発展を構築しなければならない。
コロナ後の都市生活圏はどうなる
英国の都市専門家で建築家でもあり都市デザイナーでもあるエラド・アイゼンスタイン(Elad Eisenstein)はこれからの都市における重点施策として5点を挙げる。
第1は高齢者や片親世帯のような社会的弱者に適切な住宅をどのように提供できるかどうかである。弱者は体調管理,外出や家事の必要性から自宅に留まることでさらに健康を害し,孤立感を強め,社会的に排除される。自分で孤立しても十分に生活できるような住環境に世代を超えて考慮することが必要である。その住居の立地条件が重要になってくる。感染死者の約60%は高齢者である。それも基礎疾患のある老齢者が96%を占める。第2はひとびとが人口密度の高い都心部に行くのを仕事でも買い物でも避けるようになることである。さらに自分の家の近くに公共施設などは来てほしくないというミーズム,いわゆるNIMBY(Not In My Back Yard)主義という戸建て住宅居住者の考えは今後,No Infections In My Back Yardという風に感染回避が主要な関心事になる。第3は人と人の距離の間隔を感染防止のために2~4メートル位空けることである。密度の高い公共交通機関内でも対人距離も意識しなければならない。スマート交通システムを通じて受注配送や自動運転の促進によってドア・トウ・ドアのモノの動きが普及する。第4はオンラインデジタル技術の習得を徹底させることが重要になる。コロナ危機で浮き彫りにされたことのひとつはその犠牲者の多くが最近のデジタル機器の使用に不慣れで必要な医療にありつけなかったことである。インターネットのアクセスのないひとびとは社会から孤立する。
第5は災害時に備えて集会用ヴェニュー(venue)の緊急利用を可能にするような防災システムを整備することである。このことは欧州でとくに意識されている。医療施設の不十分だった南イタリアではなくイタリアのコロナ感染者の75%以上はトスカ-ナ州以北のイタリアで発生した。北イタリアは従来から最も進んだ医療施設が整っていたにも関わらず緊急事態に陥った。ミラノの2万5千㎡もあるフィエラ・ミラノ見本市会場が最初から展示会の目的のためだけでなく危機に備えたように設計されていたらどうだっただろうかという命題が問われている。
「新たな生活様式」フィジカル・ディスタンスの波紋
社会的距離による感染防止を可能とする他人との距離がコロナ対策として世界を駆け巡っている。世界保健機構(WHO)は対人距離を飛沫の届く最低1メートル以上を勧告している。この1メートルの距離は仏,中,印などだが,露,独,豪では1.5メートル,米,加,英,伊,西,日などでは2メートルなど一律ではないと報告されている。このほか,密集状態になる公共交通では4~5メートルが理想とされ,都市によっては地下鉄や電車の運行停止,タクシー乗車自粛,スクーター,自転車では十分な距離と間隔を空けること,また歩行や運動の時はもっと拡大された距離を取ることが奨励されている。スイスではバス内にプラスティック・ガラスで囲って運転手は乗客に隔離状態で対応,米国では電子決済が一挙に増えている。市民生活が大きな影響を受けている。社会的距離という用語は欧米ではとくに社会学で階層,人種,性別などのグループ間の差別的な距離を意味するので身体的距離「フィジカル・ディスタンス」という表現を使うべきとする国も多い。デンマークの都市計画家ゲール(Jan Gehl)らは働く場所が自宅勤務で会社の空間は不要になり,通勤の減少による交通手段の再検討など都市インフラの再構築を強く促している。
人の移動と交流が劇的に変るなら,消費行動,労働環境,生産活動は大きく変更していくことが考えられる。過密になることを志向してきたコンパクト都市には大きな試練である。高層タワー空間による垂直的集中,産業クラスター育成による集積相乗効果,グローバル化による異業種交流によるハブリッド化などはすべて「接触」を旨としてきた。都市計画においてこれらは大きな克服すべき課題となる。コロナ危機後の都市計画では従来からコンパクト・シティ政策と郊外田園都市をひとつの都市空間として捉え直して,もっと水平に分散した都市のあり方が真剣に模索されようとしている。その代表格がポリセントリズム副都心都市計画である。これは都市圏にこれまでの都心部集中型でなく複数の副都心や自己完結的なポール(極点)を地下鉄でない公共交通(TOD:Transit-Oriented Development)でネットワークとして繋ぐ構想である。
関連記事
瀬藤澄彦
-
[No.3584 2024.10.07 ]
-
[No.3550 2024.09.09 ]
-
[No.3506 2024.08.05 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]