世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1707
世界経済評論IMPACT No.1707

日系金融機関にとってのブラッセル:今こそ日欧相互理解深耕の中心地として捉え直すとき

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2020.04.27

 日本とEUの経済連携協定(EPA)および戦略的パートナーシップ協定(SPA)の発効または暫定適用が開始して以来,一年以上が経過した。日本とEUは,基本的な価値観を共有するパートナーとして,失われつつある国際秩序のアンカーの役割を果たすべく協力できると期待されている。

 もっとも,金融サービス分野における前途は厳しい。現状,日本は欧州委員会から世界で最も多く金融サービス分野における規制・監督等の同等性評価を得ている域外国の一つである。これは,日本の法・規制や金融市場参加者の慣行がEUによって信頼されている証左である。

 しかし,そのことに安心してはいられなくなった。今後はEU法が改正された場合,それに伴って日本の法規制等も見直さなければ,同等性評価は事前通告の後短期間で撤回され得る。このようなことは,かねてから法解釈としては十分あり得たものの,Brexitを契機とするEU監督機関の権限見直し(ESAレビュー)の中で,法的な裏付けが強化された。実際に,同レビューの関連法に則って,19年7月に初めてシンガポール,オーストラリアなどに対する同等性評価が撤回された。日本の場合,EUとのEPAにおける付則に基づいて,欧州委員会から金融庁に対する十分な事前の情報提供が担保されるはずである。とはいえ,油断はできない。民間レベルも含め,欧州委員会の水面下での検討等を早期に察知できるよう,日本のアンテナを高くしておく必要性がある。

 Brexit,米トランプ政権による国際合意の軽視,中国の多分野における急速な台頭等を背景として,EUは域外国全般に対する警戒感や懐疑心を強めている。このため,「多国間主義(マルチラテラリズム)」を標榜してはいるものの,いざとなればブロック経済的な方向にも舵を切れるよう,European sovereigntyと称して自律志向も強めている。

 16年以降,域外国の中央清算機関(CCP)に対する監督強化,中間親会社(IPU)設置要件,一般データ保護規則(GDPR),持続可能な経済活動に関するタクソノミーの枠組み規則等,日系金融機関に大きな影響を及ぼすEUルールが幾つも導入された。これらは,基本的に域外国からEUの市民や市場を守るための安全策である。もっとも,日本にとっては,EUにおけるコンプライアンス負担の上昇等,ビジネスのコストを高めている。その一方で,BrexitによりEU最大の売りである域内単一市場は小さくなっている。結果として,EUの収益環境は悪化し,ビジネスの場としての魅力は低下していると言わざるを得ない。

 それでも気候中立化やAIの倫理的活用といった新しい分野でEUが世界の議論をリードしつつあることからも明らかなように,彼らの国際的なルールメイカーとしての存在感はむしろ高まっている。米国,中国等は,こうしたEUの動きを警戒すると同時に,ロビイ活動を強化している。

 EUの立法担当者は忙しい。もともと異なる事情を抱える27か国間の意向収斂が極めて難しい上,理事会の議長国が持ち回りで半年毎に代わることもあり,域内のパワーバランスは目まぐるしく変化する。こうした中で,主だった域外国を調査する時間的余裕は削られていく。哀しいかな,こちらから積極的に働きかけなければ,日本は米中英の影に隠れて十把一絡げにだってされかねないのが実情である。

 Brexitにより金融サービスの専門家が減ったとはいえ,EU機関には加盟国から多様な才能が集結している。彼らが様々な難問に尋常ならざるコストとエネルギーを投入し議論や調整を重ねた上で,域内ルールを起案し取り纏めていく。こうしたプロセスを経ているからこそ,英語が母語ではない人が殆どであるにもかかわらず,EU官僚はグローバルな会議で論が滅法立つ。彼らと異なる意見を通すには,こちらも日頃からEUで起きていることを把握し,相応の準備をして臨まなければならない。

 EUは,域外国からどれだけ特殊に見えるルールであっても,自分達が良いと信じて導入したものについては,域外との公平な競争条件を確保する観点から,遅かれ早かれ国際標準にしようと試みる。また,市中協議の実施やグローバルなフォーラムの運営を通じて,自らのルール案に関する透明性を確保するとともに説明責任を果たしていると自負しているため,明示的に意見が示されない限り,少なくとも反対はないと考えがちである。黙っていてもこちらの考えは分かってくれている筈,ということは決してない。

 日本も,官民双方のレベルでEUとの情報の共有・発信を強化していく必要がある。複雑怪奇な意思決定プロセスを含む彼ら固有の事情を最低限理解した上,適切なタイミングで出向いていけば,政治家を含むEUの要人は意外なほど快く応対してくれる。裏を返せば,それだけパートナーである筈の日本の情報が足りていない,ということであろう。折角のEPAやSPAに魂を込めるためにも,プロトコールに則った意見書の提出等はもちろんのこと,人的なネットワークも通じて,相互理解を深めていかなければならない。

 欧州委員会は,コロナ危機対応にかなりのリソースを割きながらも,グリーンディールやデジタル化戦略という大方針に基づいて,域外国にとっても重要なルールを提案し始めている。4月8日には,18年に公表した行動計画の後継として,サステナブルファイナンス戦略に関する市中協議文書を公表した(コメント期限は7月15日)。同文書は,いわゆるグリーン支援ファクターまたはブラウン懲罰ファクターを想定した問い(Q.88)も含んでいる。ウイルス感染リスクから対面での関係構築が難しくなってはいるものの,日本の金融界には,ブラッセルはビジネスの場であると同時に欧州のワシントンでもある,という認識を今こそ強く持っていただきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1707.html)

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