世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1659
世界経済評論IMPACT No.1659

国内公債なら財政破産しないという神話はJ.ステュアートの誤読だった

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2020.03.16

 2010年にギリシャ財政が破産したとき,ある著名な経済評論家がテレビで,日本の公債は自国民が購入した国内公債なので破産しない,とコメントしていた。確かにギリシャにおいては,ギリシャ公債の7割を保有する外国人投資家たちが,遠慮容赦ない公債の先物売りをして大儲けし,政府を追い詰めて財政破産を引き起こした。しかし国内公債であっても,借金が累積していけば,個人や企業と同様に国家財政についても,最終的に返済不能になるのは当然のことである。ではなぜ,このような神話が生まれたのだろうか。

 実はこのような神話は最初に,スコットランド生まれの経済学者,サー・ジェイムズ・ステュアート(1713年〜1780年)が唱えたというのが,国家破産研究史において,また経済学・財政学および経済学史研究においても,国際的な通説なのである。ステュアートは,アダム・スミスの『諸国民の富(国富論)』より10年も早い1767年に,『経済の原理』を出版し,歴史上初めて経済学を体系づけたと評価されているのであるが,この名著はスミスの名声に押されて忘れ去られ,いわゆる「不幸な古典」になってしまったのである。その『原理』において,このような通説が唱えられたというのであるが,本当だろうか。

 ステュアートはこの『原理』の第4部「公信用」において,公債発行について次の三つのケースを想定している。

 一つめは,公債が極限まで膨張して自己消滅するケースであり,公債利子を受け取る人と税で利子を支払う人が同一人になるまで公債発行が進むと,受け取りと支払いが相殺され公債は消滅するというのである。しかしこれはあくまで理論上の想定であり,現実には次の二つのケースになるであろうと彼はいう。二つめは,返済不能になり破産するケースであるが,これは国民に過大な負担や犠牲を強いるので,決して踏み切ってはならないとして,彼は断固として拒否する。三つめは,公債発行を合理的範囲に制限して信頼を最大限に重んじるケースであり,減債基金制度を厳格に運用し,国民の福利を最大限に配慮して国民の信頼を得るとともに,契約を良心的に遂行するとの確信で借入れ先の信頼を得るという方法である。ちなみに彼は,公債の返済積み立てを管理する減債基金制度の運用を,それを乱用する政府ではなく,第三者機関に委ねる方法を提唱している。

 このような三つのケースの検討結果を踏まえ,ステュアートは,三つめの合理的制限ケースを推奨したのである。一つめの極限膨張ケースは,理論上で想定した可能性だった。

 それなのになぜ,このような通説が生じたのだろうか。通説は,ステュアートが,「国が自らに対して破産するというのは矛盾したことである」と述べていることを根拠にする。確かに,『原理』にその文言はある。しかしこの前後関係の文脈を検討してみると,この文言は,公債発行は「必ず破産」とはならないが,国際収支赤字は「必ず破産(対外破産)」を引き起こす,との主張を強調するためのものだったのである。

 1762年にスコットランドから,当時の国民貨幣・国際貨幣であった金銀が大量に海外流出し,資金不足から金利が上昇し,信用も縮小して,スコットランド経済は大不況に落ち入った。その原因は,植民地争奪をめぐるイギリスとフランスの7年戦争が終結するとの思惑から,1707年のイングランドとスコットランドの合邦後スコットランドに投資されてきたイングランド資本が,公債の値上がりを期待してロンドンに還流し,大規模な資本逃避を発生させたからである。ステュアートは,この経験をふまえ,対外破産は必ず貨幣・金融破産を引き起こし,経済破産になるとの危機意識をもったのである。

 ステュアートの心配した対外破産は,貨幣が不換銀行券になった現代でも,同じように発生する。ある国の財政破産の恐れから生じた資本逃避は,外国為替市場におけるその国の貨幣の売り浴びせを招き,自国貨幣安から輸入品価格を上昇させ,それがインフレーションという貨幣破産を引き起して経済破産をもたらすのである。

 2019年12月の調査によれば,世界の機関投資家が,過去最高水準にある公的債務を根拠に,今後5年以内に世界的な金融危機が発生するだろうと予測している。この発端となるのは日本だろうか。(紀国正典「ジェイムズ・ステュアートの国家破産・金融破産論」高知大学経済学会『高知論叢』第116号,2019年3月より作成。この論文は,金融の公共性研究所サイトhttp://finance-public.org.jp「最近の活動」ページからダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1659.html)

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