世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
難航するフランスの年金改革:予想を遥かに上回るストライキの影響は
(帝京大学 元教授)
2020.02.17
最終決着は2020年4月に持ち越し
マクロン大統領の選挙公約で掲げた重要な項目,労働改革,教育改革と並ぶ年金改革の政労交渉は2020年4月に予定されている財政会議に最終決着が持ち越された。12月5日から始まったストライキは1月20日まで7週間も続き,これまで最長だったジュペ内閣(1995年)の時を遥かに上回る長期ストライキとなった。2019年7月18日に提出されたJ. P. デルブワイエ報告の勧告を受け,12月11日に経済社会評議会(CESE)にてH. フィリップ首相の開示した厚生年金改正案は,2020年1月24日には2つの年金関連法案となって閣僚会議に提出された。2月は国民議会で審議される。ストライキは1月20日にはほぼ終結した。これまで労組側が妥協を崩さなかった点を中心に見ていく。
この年金制度改革法案は全部で141ページ,5部,付則9ページの内容である。第1部はユニバーサルな普遍年金制度に向かうための原則,四半期計算を勤労時間によるポイント制への切り替。第2部は退職と年金開始年令の調整。第3部は連帯システムの中身。第4部は組織統治と推進。第5部は中軸調整年令(age pivot)と過渡期間。この中軸年令(age pivot)がもっとも今回の政労交渉で難航したテーマである。穏健派の労組CFDTもこの点だけは譲らないという姿勢を見せている。フィリップ首相によると64才を中軸年令として導入することで2022年には30億ユーロ,27年には120億ユーロの節約が達成されることになっている。
労働人口と退職者の2つの変数の均衡点を見出すことが緊喫の課題
フランスの年金給付は62才から開始して,保険料支払い四半期数をベースに満額支給される。拠出期間が定められた四半期数に達しない人は67才まで年金満額給付のために待つ必要がある。これは女性の約20%とされている。不規則な職歴を経験してきた人には大変,不公平な制度となっている。しかし62才より遅く退職するように勧めることが必要である。その理由は1950年には4人に1人だった就業者は現在では退職者1人に対して1.7人の現役の就業者しかいなくなってしまったからである。この数字はベービーブーマー世代の定年入りと寿命年令の上昇でさらに低下する。持続可能で次世代にも妥当な労働人口の数と退職者の数の2つの変数の間の均衡点を見出すことが緊喫の課題となった。政府は保険料負担を引き上げることなく就業者の生活水準と,また年金給付を引下げることなく退職者の生活水準を維持したいと願っている。従ってもう少しだけもっと年令を取って働かなければならないことになる。多くの他の欧州諸国では過去10年位の間に実施されてきた改革では労働期間の延長と高齢化方向にある。OECD諸国では平均してフランスより2年ほど退職が遅くなっている。しかしながら問題はこの退職年金給付年令を繰り下げるとは言ってもそれぞれの職業や職歴を考慮する必要がある。職業の「苦痛さ」,労働市場参入の時期などがそれに該当する。
難航極めた均衡年令とボーナス・マルス制度の交渉
大統領選挙公約によって62才の退職開始年齢に変更はない。2019年7月のJ. P. デルブワイエ報告の勧告の通りで,政府としては「ボーナス・マルス」(Bonus-Malus)基準に基づいた給付額の調整の年令制度を導入する計画である。業績に応じて報酬を増減するボーナス・マルス制度とは過去の職歴に断絶や変更のあったひとが不利にならないように現在67才と決められている年金給付の評価引下げ停止年齢は徐々に引き下げられ,消滅する予定である。女性に多い不安定雇用に従事する人にとっては2~3年ほど,支給年齢が早まることになる。そして若年から就職した人は肉体的につらい仕事に従事した人と同様に2年早く退職ができるようになる。
このための必要な措置として,最短の退職年齢は62才であるが,満額給付でない67歳を漸進的に引下げ,撤廃する。新たなユニバーサル・システムはこの均衡年令(Age pivot)に到達する段階を定義したものである。そのガバナンスを欠くなかでこの年金法案では2022年1月1日よりまずその均衡年令を62才4カ月と決め,その後,年ごとに4カ月ほど延ばして2027年に64才とするように段階を追って制度を運用する。フランスでは62才から定年退職年金に入ることは自由である。均衡年令に達する前に年金支給を受ける場合は年金の減給,逆の場合は年金支給の増額を享受できる。労使は均衡年令とボーナス・マルスに基づく調整額を決める。そうでなければ大体,今のこの制度の中立性の観点からボーナス・マルスとも5%を目安に改定されることが多い。これは早期退職と遅延退職に関連する調整コストを反映したものである。
現在の年金支給額は四半期ベースに基づいている。この方式では新たな不規則で不安定な雇用形態が十分にカバーされないことが問題となっていた。短期雇用や不安定な雇用だと4半期ベースの年金給付にはSMIC(最低賃金)ベースで150時間働かなくてはならない。それ以下では年金受給権が発生しない。ユニバーサル年金制度は基礎年金と補足年金の違いにかかわらずすべて1階建てになる。そこでは国民全員皆保険であり,連帯の賦課方式でポイント制となる。ここでは最高,社会保障で決められている月額の3倍,約1万ユーロまで確保される。
穏健な民間部門CFDT(民主労働総同盟)も譲歩せず
マクロン大統領は年金制度をもっと簡潔にもっと分かりやすくするための改革を目指していたが,これは実現しそうもない(Le figaro 1/23/20付け)。特別年金制度は労組側が政府から譲歩を獲得し,その個別性を長く維持することになった。パリオペラ座のバレリーナの屋外公演や裁判官の法服脱衣など42もある職域別の年金制度の維持にかける思いは予想以上に強行であった。さらに生年1975年を境にその前とその後の人ではルールが違うことになった。これが1975年世代問題と言われる所以である。均衡調整年令は2022年から適用されるはずだったが,もっとも穏健な民間部門の全国労組CFDT(民主労働総同盟)も譲歩しないのでついに法案から削除された。これはさらなる労使による協議に委ねられることになった。さらにフィリップ首相は長期的な「均衡年令」(age d’equilibre)と2022年から2027年にかけての短期的な「転換年令」(age pivot)の2種類の年齢が存在することになった。
先進国の3つの社会保障モデルのなかのビスマルク方式
今回の年金改革案モデルはフランス若手エコにミスト大賞を獲得したアントワーヌ・ボジオ(Antoine Bozio)が中心になって作成したものである。2月3日より国民議会の審議にかけられた年金改正の予測についての報告書は各方面からその公表が待たれていたが,ボジオは1024ページの展望の報告書なのにたった93ぺージしか経済への影響について費やされていないことを嘆いている。
フランスの社会保障の国民負担率,すなわち社会保険料と租税負担分はスウェーデンと並んで世界一で対GDPで60~70%にも達する,その手厚い社会保障給付はフランス人のセーフティネットとして世界でも抜きん出ている。筆者は今回のスト期間中ほぼパリに滞在,市民がこのストライキを支持して交通マヒの不便さにほとんど不平不満を言わない様子に改めて納得するところがあった。フランスの社会保障はP.ラロック長官が主導して戦後,ドイツ同様,職域ごとの賦課制度をベースとするいわゆるビスマルク方式に本格的に依拠するようになった。欧州大陸が産業革命以来,育んできた相互扶助がその精神にある。これに対し英国や北欧諸国は英国のベバリッジが考案した普遍(ユニバーサル)システムである。ここでは国民皆勤,貧富・健康病気のそれぞれの連携や国と地方自治体の責任が謳われている。米国はいうまでもなく個人と民間の市場原理でその資金運用はカルパースのような巨大な年金基金が介在してなりたっている。ビスマルク方式のいずれの国も高齢化の進行に苦しんでいる。現役世代が高齢者を支える方式に苦しんでいる。フランスでも給付と負担のバランスだけでは財政均衡がなかなか達成できなるなか,徐々に公費負担割合が増大していることにも表れている。フランスでも日本の「財政検証」同様,本年4月に先送りされた「財政会議」の開催がそれを物語っている。
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