世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ダボス発「いまどきの役人道」
(外務省経済局 国際貿易課長)
2020.02.10
ありがたくないことに,杓子定規,時代遅れ,石橋を叩いて云々,という形容詞には,「お役人」,と続くのが定番となっている。筆者も役人の端くれとして,いわれのない誹謗中傷だ,とは言い切れない。そして,どうやら,役人への辛口評価は,洋の東西を問わないらしい。
先月末,世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に出張した。その時々の世界の課題について,白熱した議論を交わし,人脈を巡らせ,政策を発信する場として,ダボスの影響力や集客力は,発足後50年を迎えたいまも健在である。紙上では,トランプ米大統領らの政治指導者,環境活動家のグレタ・トゥンベリ氏,IT企業経営者らの言動が大きく取り上げられた。
気候変動問題と並ぶ,今年の主要テーマは「ステークホルダー資本主義の将来」だった。企業は,これまでの収益一辺倒から,市民社会の各方面の利害関係者(ステークホルダー)が参画し,共存し,協力することを通じて,社会課題の解決を図る存在に脱皮する必要がある,とする考え方だ。その変化を,個々の企業の倫理的な判断に負わせるのではない。当局が,経済的損失や社会的費用を,企業が利潤を追求する際の従属変数として内在化させる形で,税制や金融,企業統治(コーポレート・ガバナンス)の制度や規制を変えていくべし,と訴える。曲がり角にある資本主義を再構築するのは,市場と政府の共同責任である。
この通奏低音に乗って,ダボスでは,政府の市場への関わり方について,古いタイプの役人には耳の痛いであろう指摘も数多く聞かれた。
いまどきの規制当局は鋭敏(agile)たるべし,という提言もそのひとつだ。この提言が訴える「規制当局の心得10箇条」は,次のとおりである。
「一,未来をわがものとせよ」,「二,結果に集中せよ」,「三,実験して学べ」,「四,対応せよ」,「五,ビジネスを巻き込め」,「六,他の当局と連携せよ」,「七,地域に語りかけよ」,「八,グローバルな視座を持て」,「九,イノベーターのための規制とせよ」,そして,「十,市民を真ん中に」(『2020年,規制当局が変わるべき10の方法』)。
筆者自身の固い頭を柔らかくして,これら10箇条をまとめれば,新しい時代の役人道は,次の3点に要約できよう。
第一は,市場の事業者の試行錯誤をつぶさに観察し,それを実践的なルールや規準に手際よく作り上げる力量だ。英語では,言葉の対比を意識して,「responsible(責任をとる)から,responsive(事態に対応する)へ」と表現される。「何かがあってからでは遅い」ではなく「何かがあってからが勝負」という発想の転換だ。がんじがらめの規制は,イノベーションを窒息させかねない。「ブロックチェーンをブロックしているのは何か」との問いに,事業者の27%が「規制の見通しの悪さ」と答えている。先ずは自由にやらせてみて,後で問題を検証しながら必要最低限で規制するという「サンドボックス」的アプローチに,「遺漏無きを期す」という当局の常套句はそぐわないばかりか,逆に,過剰な規制への事業者の不安を駆り立てる可能性すらある。
第二は,規制「される側」を「する側」の検討に積極的に巻き込むことだ。「官民癒着」ならぬ「官民密着」である。昨年のダボス会議で,安倍晋三総理大臣が提唱し,G20大阪サミットの際に創設した「大阪トラック」は,WTOでの電子商取引の国際的ルール作りにビジネスの現場のニーズを取り込むための間断なき意思疎通を続けてきている。今年のダボス会議で,日本政府が共催した「大阪トラック」を特集したセッションでも,自由なデータ流通は,ローカライゼーションの禁止,ソースコード・アルゴリズムや暗号保護等の信頼性に裏打ちされる必要がある,といった事業者たちの声をしっかり受け止めた。
第三は,地域とグローバルの両面への能動的な働きかけだ。権利と義務,挙証責任の所在,多様性への配慮と標準化を志向する逆方向のベクトルが激しくせめぎ合う中で,均衡点をダイナミックに探る。規制の重複や矛盾,抜け穴や朝令暮改を防ぐためには,道路の反対側の役所だけではなく,国境の向こう側の政府や国際機関との協力も欠かせない。事業者間の公平な競争条件をグローバルに整備する道具には,条約や協定に依らずとも,相互認証や標準規格のような実際的な手段もある。当局どうし,規制の実効性を上げる技を切磋琢磨しよう。
常連の多くは,冬山に馴染みはあっても,新緑や紅葉のダボスを知らない。各国の役人の同僚諸兄とともに,ここは汚名返上を期して,寝雪のように固まった規制を溶かし,歩きやすいよう道を空け,技術や経営のイノベーションが競って芽吹き,実をつける新鮮な風景が眼前に現れていくよう努めていきたい。
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