世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1575

LNG導入50年と日本の経験の東南アジア諸国への伝播

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.12.16

 2019年11月6日,横浜のニューグランドホテルで,「LNG(液化天然ガス)導入50周年記念式典」が盛大に開催された。日本のLNG輸入の第1船である「ポーラ・アラスカ号」が,アラスカ・ケナイ基地から3万トンのLNGを満載して,東京ガスの根岸工場(神奈川県横浜市)に着桟したのは,50年前の1969年11月4日のことである。これは,わが国におけるLNG時代の幕開けとともに,世界的に見ても本格的なLNG活用の開始を告げる,まさに「歴史的な出来事」であった。

 「ポーラ・アラスカ」号よりも早く,59年に世界最初のLNGタンカー実験船「メタン・パイオニア号」が,アメリカ・ルイジアナ州レーク・チャールズからイギリス・キャンベイ島まで2200トンのLNGを海上輸送した。これによってLNGの時代はスタートを切ったが,それはまだ実験の域を出ず,本格的な「幕開け」までにはさらに10年の時間を要した。

 本格的なLNG時代の幕開けを告げたのは,69年の「ポーラ・アラスカ号」による日本へのLNG導入であった。それが新時代を告げる画期的なものであったことは,「ポーラ・アラスカ号」のLNGの積載規模が「メタン・パイオニア号」のそれの10倍超に達した,東京ガスによるLNG導入は空前の規模の熱量変更をともなう需要側の受入れ体制の構築と結びつくものだった,東京ガスによるLNG導入は東京電力との連携のもとで推進され世界最初のLNG専焼火力発電所(現在のJERA南横浜火力発電所)の建設につながった,などの諸点から明らかであろう。

 早くから準備を進め,「ポーラ・アラスカ号」によるLNG導入を主導した東京ガスが,東京電力との連携を選択したのは,①調達量を拡大することにより交渉力を強め,LNGの買取価格を引き下げる,②LNGの受入設備を共同使用することによって,諸コストの低減を図る,という考えにもとづくものであった。東京電力にとっても,大都市・横浜に火力発電所を建設するためには公害対策を徹底する必要があり,SOX(硫黄酸化物)をまったく含まずNOX(硫黄酸化物)の含有率も低いLNGを火力発電用燃料として導入することには,メリットがあった。

 50周年記念式典では,「ポーラ・アラスカ号」によるLNG導入の当事者となった東京ガス・JERA(東京電力から南横浜火力発電所を継承した)・三菱商事・コノコフィリップスの代表が,次々とあいさつに立った。日本政府・神奈川県・横浜市・アメリカ政府・アラスカ州から,祝辞も寄せられた。式典は緊密な日米関係の原点となった故事に由来する「ペリー来航の間」で行われたが,それにふさわしい盛り上がりをみせた。

 これまでの50年間がそうであったようにこれからの50年間も,LNGは,わが国の基幹エネルギーとして,重要な役割をはたし続けるだろう。それにとどまらずLNGの役割は,海外,とくに東南アジア地域において高まるであろう。天然ガスの活用に対して「第一のガス革命」という言葉が使われたが,今ではLNGの国際的普及を意味する「第二のガス革命」という呼び方が広がりつつある。

 東南アジア諸国でのLNG利用は,当初は小さな規模にとどまるかもしれない。その場合には,初めからLNGの導入規模が大きかった日本の電力会社や3大都市ガス会社(東京ガス・大阪ガス・東邦ガス)の経験よりは,小さな導入規模でスタートした中堅ガス会社(西部ガス・広島ガス・日本ガス・仙台市営ガス・静岡ガス・北海道ガス)の経験の方が役に立つであろう。

 電力会社や大手都市ガス会社に比べて事業規模が小さい中堅の各都市ガス会社にとって,LNGの導入は,事業者としての存続そのものを賭けた大きな決断であった。この決断を,各事業者は工夫をこらすことによって,成就させていった。西部ガスが開拓し,広島ガス・日本ガス・仙台市ガス局が踏襲した「ミニオーシャンタンカーによるLNGの直接購入」という新機軸は,事業を成功させるうえで大きな役割をはたした。これとは異なる方式をとった静岡ガスの大型LNG船による部分積み・二港揚げも,有効性を発揮した。また,北海道ガスは,国産天然ガスの利用からLNGの導入へというユニークな道を歩んだ。日本の中堅都市ガス会社がLNGを導入する際に得た知見は,東南アジア地域を舞台に本格化する「第二のガス革命」において,有用性を大いに発揮することだろう。

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