世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1571
世界経済評論IMPACT No.1571

マクロン大統領の任期後半第2幕と経済政策

瀬藤澄彦

((元)帝京大学経済学部 教授)

2019.12.16

国民討論会・ビアリッツG7サミットで軟着陸

 2022年4月の次の大統領選挙まで30カ月を切ったフランスの政局は早くも慌ただしさを感じさせるようになった。政権発足からちょうど折り返し点を迎えたマクロン大統領は2019年4月25日,300人のジャーナリストを一堂に会してエリゼー宮殿で初めて記者会見を行った。ジレジョーヌ運動を受けた12月後半からの全国国民討論会を3月に終えて,その成果を踏まえた今後の政治の方向性と指針を示した。政府予想の2倍の1万300回の公聴会,1万7000の質問,3月18日締め切られた。政府与党はこの国民のヒアリングの後に国民がどう評価するか注目された。討論は4大テーマ設定,即ち「環境生態」「税制」「民主主義と市民」「国家機構と公共サービス」を巡ってなされたが,全国の市町村長連合(3000~5000)について郵送アンケートでもなされた。集計結果では,選出議員の特権,税制,車の時速80km制限,購買力,田園農村の荒廃,移民問題の6点に国民の関心と不安の大きいことが判明した。マクロン大統領は国民討論により人々のなかに「根付く」(enracinement)ことの大事さを感得したと強調。Institut Elabe世論調査によると70%の人は解決に至らず政府の実行に疑問を呈している。現時点11月で大統領支持率は春以降の上昇局面にあったが,30%央からやや下げている。5月27日の欧州議会選挙では極右RNとの僅差で第1党を譲った後,来年3月(15日と22日)の全国市町村選挙に照準を当て候補者選びなどが本格化している。昨年のベナラ事件に比べると,N.ユロの後に環境大臣に昇格したF.ドルジの公金流用による辞職や,ナントのローヌ川での青年の水死の治安警察の検証などあったが,今夏は8月下旬のビアリッツG7サミットでのマクロン大統領の精力的な世界的な外交の舞台づくりが注目を集め乗り切った。

第2幕の重点施策~年金改革など

 ピザニ・フェリーはマクロン2017年選挙以来の経済政策の中心的推進者の有力エコノミスト。彼はルモンド紙に次のようにその「悔悛の思い」を綴っている。「大統領任期5年の第一局面は公約を掲げることであった。期待に応えるものではあったが,上位下達のジュピター型のやりかたは,もっと集団的な意思決定の方法にかえるべきであった。これが欠けていた。改革の姿に疑いが生じた」。フィリップ首相はCESE(経済社会環境委委員会)で,「真実の開示の国民議論だけで問題の処理は終わらない」。経済政策は今後,財政緊縮と減税と公共サービスという3つの課題の同時達成というトリリンマとも言うべき難しい舵取りを強いられる。

 第2幕ActeⅡとされる任期後半の政策運営の8つの重点を盛り込んだ来年度予算案PLF2020が国民議会と上院で審議されている。第1は高齢化進行で賦課方式の42種類もある巨大機構の年金制度の一元化と給付開始年令などの改革案にはすべての年金組合労組は反対で,12月5日から無期限ストに入ると宣言している。政府は現在の四半期ベースからポイント制度への切替や,62才から65才への受給開始年令変更を提案して改革を進めようとしている。実施は孫の代からとする妥協案プランBも浮上している。

 第2は社会保険料の世帯負担引下げ90億ユーロを今年第1四半期に次いで追加された。さらに5年任期中に世帯向け270億,事業主向け130憶の社会保険料の引下げを計上する予定である。第3は炭素税引上げの復活は富裕層を除いてしない。第4は行財政改革で公務員削減は5万人から1万人強に縮小。これらの追加財源は19年度の歳入増,とくに今年始まった所得税の源泉徴取導入による増収や低金利による節約によって確保しようとしている。財政赤字は2.2%と最低水準の見通しである。第5は財政均衡を達成するためにはジレジョーヌ対策費,37億ユーロの住民税の廃止や8億ユーロ相当の残業代税控除などたばこ値上げでは十分ではないかもしれない。第6は国民討論会から出てきたRIC(市民主導直接投票)の実施や都市圏広域行政の一部見直しである。第7はENA等の高等大学院の改廃を年末発表予定のF.ティリエ報告を踏まえて実行に移す予定である。第8は移民に関連した1905年法の改正である。大統領選挙では極右に流れる可能性もあると言われるなかで,あえて移民やイスラム教の問題に無関心でないことを選挙民に示そうとしている。

独仏の経済成長逆転~潜在成長率引上げが課題

 2019年のフランスの経済成長率は2018年3四半期以降,顕在化してきたドイツを上回る伸び率が続きいている。多くのエコノミストはフランスの経済成長率がドイツを通年でも上回ると見込んでいる。しかしながらこのことはフランス経済が好調に推移しているというよりも安定した成長率を続行けていると言ったほうがいい。何故なら通年でユーロ圏の成長率1.2%を上回る1.3%であるものの,政府が5年間で見通していた平均1.6%にはかなり下回るものである。INSEEやOECFなどの調査機関では任期5年間の潜在成長率を1.25%前後に推計しておりかなりの落差がある。潜在成長率を高めるにはTFP(全要素生産性)の引上げが必要であり,フランスの場合は失業率の引下げと生産性と投資の引上げために労働改革とイノベーションが実行に移されなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1571.html)

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