世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1421

豪州の炭鉱で進むイノベーションと大胆な跡地利用構想

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.07.22

 2010年8月,出光興産グループがオーストラリアで開発し経営していた二つの大規模炭鉱を見学する機会があった。クイーンズランド州のエンシャム鉱山と,ニューサウスウェールズ州のボガブライ鉱山とである。

 出光興産は19年4月に昭和シェル石油と経営統合し出光昭和シェルとして新発足したが,10年当時も19年以降も石油元売大手である(あった)から,「炭鉱」経営と聞いても,ピンと来ない向きもいらっしゃるだろう。しかし,実際には同社は,世界的な産炭国オーストラリアにおいて年間1150万トン(権益ベースの18年実績)の産炭量を誇る,立派な石炭企業でもある。

 19年5月,出光昭和シェル傘下の出光オーストラリアリソース(IAR)が経営するエンシャム鉱山とボガブライ鉱山とを再訪した。10年に初めて訪れたときには,なんと言っても,両炭坑のスケールの大きさに度肝を抜かれたものである。また,露天掘り(オープンカット)と言っても,地下100m近くにあった当時の炭層まで大規模に表土をはがすこと,石炭採掘後にそれらを埋め戻し,地表の植生(ユーカリの森など)まで含めて元の状態に戻す作業を義務づけられていること,などにも驚かされたのを憶えている。

 19年の再訪の際,採掘場所が延伸していること,露天掘りで剥ぐ表土が200mまで深くなっていること,採掘後のユーカリの森へのリハビリテーション(原状復帰)が着実に進行していること,などを確認することができた。同時に,9年間で,両鉱山とも大きく姿を変えていることも印象的であった。

 エンシャム鉱山では,従来からの露天掘りに加えて,11年に坑内掘り(アンダーグラウンド)が始まっていた。地盤沈下を防ぐため,採掘する炭層の天盤を支える目的で太い柱(ピラー)を残す,「ボード・アンド・ピラー」と呼ばれる独特の採炭法を採用している。地下150mの現場に行くと,コンテニュアスマイナーとシャトルカーが絶妙のコンビネーションで掘削を続けていた。1台当たりの石炭産出高の点で世界トップ10に食い込む生産効率の良いコンテニュアスマイナーが4台も,エンシャム鉱山で稼働しているそうだ。

 一方,ボガブライ鉱山では,15年に選炭設備の新設や鉄道引込線の敷設などの拡充工事が実施されていた。選炭設備の稼働によって,産出する製品の種類が充実し,SSCC(コークス配合用原料炭)やPCI(高炉吹込み用原料炭)の供給が可能になるとともに,一般炭についてもいっそうの含有灰分の低下やカロリーの向上を実現した。これらの製品は付加価値が高く,収益向上にも貢献したと聞いた。

 両鉱山で大胆なイノベーションが進展したのは,IARが,日系の海外炭鉱企業としては珍しく,オペレーターをつとめているからでもある。IARグループは,エンシャム鉱山の85%,ボガブライ鉱山の80%の権益を掌握している。このほか,石炭生産が最終局面を迎えているマッセルブルック鉱山(ニューサウスウェールズ州)の100%の権益も有する。

 IARは,石炭鉱山を地球温暖化対策のために役立たせるという,大胆で柔軟な「逆転の発想」も実現に移そうとしている。それは,エンシャム鉱山の敷地内にパネルを設置して,自家用電力を太陽光発電でまかなうことを検討しているだけにはとどまらない。生産完了後のマッセルブルック鉱山の跡地に下池を設置し,近隣の丘陵に上池を設けて,25万kW級の発電機数基を擁する揚水式水力発電に取り組もうとしている。さらに,将来,エンシャム鉱山が生産を終了した暁には,年間2000万トンの水を供給しうる農業用・森林涵養用の貯水池を作る計画もある。いずれも,石炭鉱山の跡地利用としては,世界初の試みだそうだ。

 植物から生まれた石炭を採掘したあとには,新たに植物を育てる貯水池ができる。オーストラリアを舞台にして,壮大な物語がつづられ始めている。

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