世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.550

現代の市場競争と戦略としての消費者主権

手島茂樹

(二松學舍大学 教授)

2015.12.07

現代の市場競争

 完全競争市場では,完璧な取引情報を持ち,参入・退出自由の,無数の小規模の売手と買手が,同質の財・サービスの価格競争を行い,結果的に,所与の市場価格の下で,各々の最適販売・購入量を決定する。そのような完全競争市場が経済全体にいきわたれば,静態的な資源の最適配分が実現する。しかし,同質の財・サービスの価格競争は,企業にとって必ずしも望ましい市場競争ではない。台湾企業AcerのS. シー(施)氏のスマイルカーブの議論にあるように,標準化された汎用製品の製造を行う企業は,たとえ大規模生産により規模の利益を生かしても,厳しい価格競争の結果,低利に甘んじる。多くの場合,彼らは,より大きな可能性を求めて,より高付加価値・高収益の川上(新規製品の研究開発等)や川下(自社製品のブランド価値向上・販売力強化)への事業展開を図ろうとする。

 現代の市場競争でもっとも有効な企業戦略は,競合先や取引相手が持たない経営資源を獲得し,画期的な新製品の市場を創出する「革新的イノベーション」を引き起こすことである。これは,完全競争市場の視点からは,情報の非対称性を作り出す「機会主義的行動」に映るが,新製品を開発しても新規市場の創出につながるとは限らないという不確実性を超克し,社会の変革を促し,持続的な経済成長を達成していくためには不可避の道である。新製品市場の創出競争こそが,現代の市場競争の本質である。

 革新的イノベーションを引き起こすには,開発・生産に必要な経済取引の相手との「信頼感の醸成」と許容できる「機会主義的行動」のベストの組合せが必要となる。

 需要・供給両面から最終製品の汎用品化が進みにくい産業では,取引相手との間で,「長期にわたる信頼感の醸成の利益を,短期の機会主義的行動による利益」よりも重視する,「日本型選好(J選好)」に基づく,「ポスト・フォーディズム型組織」が競争力を持つ。企業内取引費用と市場取引用の合計を最小化し,「部品と製品の生産システムの同期化」と「持続的な革新的イノベーション」との両立を実現できるためである(現代の市場競争Ⅰ型)。

 一方,需要・供給両面から最終製品の汎用品化が急速に進む産業では,「短期の機会主義的行動による利益の獲得を,長期にわたる信頼感の醸成の利益」よりも重視する,「非日本型選好(非J選好)」のもとで,旺盛なリスクテイクと市場創出意欲により,最終製品の最重要部分を「急進的な革新的イノベーション」によって産み出す米国の中核企業が,最終製品の価値をも支配する(現代の市場競争Ⅱ型)。他方,最終製品を生み出すアジア企業は,中核企業及び自社等の破壊的イノベーションの結果,ポスト・フォーディズム型組織に対して競争力を持つ(現代の市場競争Ⅲ型)。

現代の市場競争I型,II型,III型の共通の課題と戦略としての消費者主権

 上記の革新的イノベーションに基づく市場競争が起こすダイナミズムは経済発展のために必要不可欠だが,同時に,二つの大きな課題もある。

 第一に,革新的イノベーションに基づく市場競争の結果として生ずる報酬格差・所得格差の拡大は,市場競争そのものを弱体化し,経済厚生を悪化させる側面がある。このメカニズムを断ち切り,激しい市場競争の結果が,新たな革新的イノベーションによる,一層激しい市場競争を招き,経済のダイナミズムが永続するシステムを構築することが必要である。これが第一の課題である。

 第二に,市場・産業が発展し,企業規模が大きくなるほど,衣食住全般にわたり,最終消費財を供給する企業と需要者である消費者との情報の非対称性が,拡大する可能性がある。上記のとおり,企業間取引には,信頼感の醸成と機会主義的行動の緊張関係があるが,消費者と企業との間の情報の非対称性を削減する恒常的なシステムは確立されていない。情報社会がいかに進展しても,究極の経済主体である消費者が,供給者である企業との情報の非対称性のギャップを埋められなければ,環境・健康面等に配慮した高度の生活の質を,持続的に享受し続けるのは困難となる。これが第二の課題である。

 イノベーションが経済成長を牽引する先進国では,環境・健康保全を最優先志向する豊かな消費者市場が醸成され,この市場が安定的に拡大することこそが,第一及び第二の課題の解決につながり,最も有効な革新的イノベーション創出の目標となる。そうした意味で消費者主権を確立することこそが,企業にとって,最も重要な戦略となる。

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手島茂樹

経済学

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