世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国が圧倒的に優位に:ファーウェイ問題と米中貿易戦争
((株)武者リサーチ 代表取締役)
2019.06.10
米中貿易戦争における米国の戦略全体像が明らかになってきた。米国の究極の狙いは中国の覇権奪取の野望をくじくこと。そのためには,①最先端技術企業に躍り出たファーウェイの存在を抑えること,②中国の不公正な台頭を可能にした仕組み(知的所有権盗用,技術移転の強要,外国企業に対する差別,巨額の政府補助金等)を変えること,③巨額な対中赤字(=ミルク補給)の停止,の3つにより中国経済の活力をそぐことにある。その手段が制裁関税の導入・引き上げ,それとファーウェイに対する制裁の二つと整理できる。ただ米国は世界リセッションも,中国経済の破局も望んでいない。外堀を埋めたうえで(上記①〜③),持久戦に持ち込む構えであろう。
ファーウェイに対する制裁の激しさは驚きであったが,米国政府の決意が示されたといえる。世界最強の5G関連設備企業に飛躍したファーウェイを事実上締め出すという決意を固めたようだ。ファーウェイは基地局の31%のシェアを持つ世界最大の基地局メーカー,スマホでも急躍進しアップルを抜き世界第二位になった。昨年8月成立の国防権限法に基づき,米国政府機関のファーウェイからの調達を禁止した。そして5月16日にはファーウェイに対する米国機企業の製品供給を禁止する措置を決定。パナソニック,アームなど米国政府の規制に従う企業が続出している。ファーウェイは新型の製品開発が著しく困難になる。ファーウェイは米国から禁輸される半導体を自分で開発できるとしていた。実際ハイシリコンという強力な半導体設計会社を傘下に抱えている。だがアームからの技術がなければ,新規開発は無理,またグーグルが無料で提供しているスマホOSのアンドロイドは利用できるが,グーグルからのアプリ技術が使用できなければ,グローバルビジネスは不可能となる。今後さらに米国がフアーウェイを追い込む手段としては,銀行取引の停止,ドル使用禁止という究極の手段もある。これまでファーウェイにグローバル金融サービスを提供していた,HSBCとスタンダードチター銀行は,すでにサービスを停止し,今はシティグループのみがサービスを提供している,とWSJ紙は報じている(12/21/18)。中国側からはできる手段はごく限られており,ファーウェイは経営困難に陥るだろう。
この苛烈な米国の制裁に正当性はあるのか。本当にファーウェイは黒なのか。イラン制裁違反を別とすれば,スパイチップの存在,バックドアからの情報窃盗などは十分な証拠がなく,いいがかりとの反論を完全には否定できない。しかし米国にはフアーウェイ拒否を正当化できる(正当化せざるを得ない)二つの理由がある。第一は2017年成立した中国の国家情報法により,政府が求めればスパイ行為をせざるを得ないという問題点である。そもそも中国企業にインターネットプラットフォームをゆだねるわけにはいかないのである。第二はこれまでのファーウェイの台頭が不公正通商慣行の塊であったこと。一旦決めた以上,米国によるファーウェイ排除は揺るがないだろう。
ただトランプ大統領はファーウェイ制裁も通商協議の議題に加えられるとも発言しており,急転直下の合意に基づくファーウェイ制裁の一部解除もあり得るが,その場合ファーウェイは大きなビジネスモデルの修正を余儀なくされるだろう。ファーウェイは日本企業から7000億円の購買をしている,その直接の影響は避けがたいが,大きく心配することはない。ファーウェイの無線通信基地局やスマホのシェアが他メーカーに移り,そこで代替の需要が生まれるはずである。
一方制裁関税問題でも米国経済に対する影響は限定的,しかし中国へのダメージは大きい。まず米国に対する影響であるが,最大で中国からの全輸入品目5400億ドルに25%関税を課されたとしても,それは米国年間消費の0.8%に過ぎない。他方で米国の関税収入は同額(1350億ドル)増加し,それはそのまま貿易摩擦被害救済の原資となりえる。米中貿易戦争は米国にとって,深刻な景気後退をもたらすほどのものではない。これに対して中国経済は25%関税に耐えられないのではないか。中国の対米経常黒字は4011億ドル(米国GDP比2%)と巨額。中国の2018年経常黒字は491億ドルなので,中国の外貨源泉はもっぱら米国輸出によってのみ稼がれている。よって対米輸出の急減は直ちに中国に外貨不足を引き起こす。中国は,世界最大の外貨準備を誇っているが,実はそのほぼ半分を海外資本に頼っており,ここに中国のアキレス腱かある。中国はメンツを保つ形で,米国の要求を受け入れ不公正是正を制度的に定めたうえで,関税引き下げを求める,ということになる可能性が大きい。
中国政府がどう反応するか,市場の懸念は大きく高まっている。ファーウェイに対する制裁が出された段階で,レアメタルの供給抑制を示唆し,反米キャンペーンの展開させている。トランプと習近平は折り合えるのか,不透明感が増している。しかしトランプはディールメーカーなので落としどころはあるはずである。
米国の狙いはフリーライドによる中国の台頭抑制であり,中国経済の崩壊ではない。中国の譲歩のあとには大きな景気の山が待っているのではないか。米中通商協議が合意されれば,需要の押上げ効果も起こりえる。貿易戦争による見通し難により,昨年末に中国での設備投資が一旦ストップしたが,懸念された米国・中国の最終需要減少の可能性はほぼなくなった。となると,投資の一旦停止はこれからの供給力の鈍化をもたらすわけで,将来的には需給ひっ迫の可能性を高める。昨年クリスマスのボトム比40%上昇した米国半導体株価(SOX指数)が高止まりしているのは,そうした可能性を織り込んでいるとも考えられる。米中の経済が浮揚感を強めれば,それに輸出している日本やドイツ,韓国などの景気も押し上げる。
米国も中国も貿易戦争と覇権争いが激しくなればなるほど,自国の株価を引き上げ,それによって信用創造と需要拡大を行い,その結果として世界経済におけるプレゼンスをより高めるという方向に向かわざるを得ない。米中通商協議の合意を前提に,米国と中国の株価が1〜4月に突出して大きく上昇した。その趨勢は一旦遮断されたものの合意の形成がなされれば,再度復活するのではないか。このように米中貿易戦争がもたらす帰結は,最終的には世界経済の悪化や資産価格の下落ではなく,逆にむしろ株価と経済を押し上げることに結びつく可能性が高いだろう。
制裁関税とファーウェイ問題で,米国の再強硬対応は一旦出尽くしただろう。この二つの問題に関して最悪の展開もほぼ見え,世界の株式市場もそれを織り込んできた。となれば株式市場は,大底圏に到達したといえるのではないだろうか。
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