世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1371

米中貿易戦争と「デカプリング」

平川 均

(中国・浙江越秀外国語学院東方言語学院 特任教授)

2019.05.27

 一昨年来,アメリカと中国との政治経済関係で,「デカプリング」(decoupling,時にアンカプリングuncoupling)の語を再び目にするようになった。デカプリングは今日,環境と経済成長との関係など様々な場面でその意味内容を変えて使われている。

 アジア経済の成長では,2008年の世界金融危機前後の数年間をピークにデカプリングが盛んに議論された。それは,アメリカを中心とする先進国の景気変動にアジア経済が連動性を弱めている現象をどう理解するかであった。とりわけ注目されたのは,成長する中国とインドである。しかし一般論として言えば,この先進国とアジアの景気変動の連動性への関心は,世界金融危機後には弱まった。そのデカプリングが,2018年の後半からはアメリカと中国との間で再び使われるようになっている。

 2017年末にアメリカ大統領選でドナルド・トランプ候補が勝利すると,アメリカの貿易赤字問題が早晩,中国との間で起こることは明らかだった。彼は大統領選で,中国製の輸入品に対して45%の関税をかけるとの公約を掲げており,アメリカの貿易赤字の半分が中国との貿易から生まれていたからである。

 実際の貿易交渉は北朝鮮の核ミサイル開発問題もあって1年以上遅れて2018年になったが,貿易赤字問題が俎上に乗ると,アメリカと中国の貿易交渉は瞬く間に「貿易戦争」へと突き進んだ。アメリカは同年7月から9月までに3弾にわたって制裁関税をかけ,中国はその都度報復関税で対抗した。2018年の9月にはアメリカの中国からの輸入の半分の2500億ドル分に追加関税がかけられる事態に至った。当初からトランプ政権は,交渉で中国が容易に譲歩できない要求を突き付けていたからである。アメリカは「知的財産を侵害している」として中国の進める産業政策「中国製造2025」の中止を求めていた。

 こうして同年10月には,アメリカ副大統領マイク・ペンスが政治,経済,軍事のあらゆる領域で中国がアメリカの優位性を脅かしていると,妥協の余地のない対中国全面批判の講演を行った。トランプ大統領はその前月の9月に,中国がアメリカ中間選挙で干渉を試みていると中国を批判していたが,ペンス講演は貿易問題を超えて知的財産権はもちろん,アメリカ政治への中国の干渉から,アジア,アフリカの国々への「借金漬け外交」,南シナ海での軍事的拡張などをことごとく取り上げた。だが時間を戻せば,同年8月初めにはアメリカ議会が2019年度会計予算(2018年10月〜19年9月)に関わる法律「国防権限法」を成立させ,トランプ大統領はそれに署名している。同法では,アメリカ政府機関による通信機器大手のファーウェイ,ZTEなどの中国企業5社からの通信ハイテク製品の調達を禁止し,それだけではなく中国企業を実質的な対象に輸出管理や投資規制を求めている。実質的に中国をターゲットとしたこの立法は,トランプ大統領が中国に対して求めるであろうディールを超える内容を持っており,急速に発展し,強国化する中国へのアメリカ議会の警戒感を反映している。しかもそれは,多くの西側先進諸国においてかなりの共感を得られるものであった。

 この流れの中で起こった事件が,同年12月のカナダでの,中国ハイテク通信企業ファーウェイ副社長,孟晩舟の逮捕である。それはカナダ政府がアメリカの要請に応じて行った措置であった。トランプ政権は同じ月,さらにファーウェイ製の通信機器の調達の排除に動いた。アメリカの安全保障へのリスクを理由にして,2020年8月からはファーウェイなどの中国企業の製品を使用する企業のアメリカ政府との取引を禁止にするというものであった。その事態は今年(2019年)5月にはさらに進む。トランプは中国からの輸入3000億ドル分に対する25%の制裁関税を課す第4弾を表明し,またファーウェイへの全面,輸出禁止措置を発動した。その規制は,アメリカ企業だけでなく他国の企業の中国企業との取引をも実質的に禁止している。世界の国々と企業にアメリカの陣営につくか否かを迫るものである。

 こうして再び「デカプリング」が,アメリカと中国に関わる外交や貿易問題で現実の問題となる。グローバリゼーションの進展の中で世界の多国籍企業は,例外なく中国への進出を果たしている。それらの企業がグローバリゼーションの過程で創り上げてきた国際的なサプライチェーンの切断を,トランプ政権は迫っている。中国企業が行う西側世界での技術提携やM&Aを禁止し,世界の企業に中国ハイテク企業との取引を断念させ,技術開発で中国企業を外す「デカプリング」がいよいよ現実味を帯びることになったのである。

 交渉において,中国は2018年末にはアメリカとの貿易黒字の削減を認め,2019年になると対中国投資企業への技術移転の強要,知的財産権の侵害などでも譲歩が見られるとする報道がこの間,伝えられてきた。だが,こうした中国に対するアメリカの要求は,単なる貿易問題を超えてアメリカの覇権の維持に照準が合わされている。そうだとすれば,貿易交渉がたとえ決着したとしても,両国の対立は既に体制上の問題へと質的に転化しており,本質的な問題が解決するわけではない。対立は長期にわたることは間違いない。

 トランプの仕掛ける対中国「デカプリング」は世界の政治経済を「新冷戦」の構造へと追いやっている,ということになる。視点を変えれば,それは中国のアメリカ経済からの離脱,デカプリングの強制である。だが,中国の最大の貿易相手は既にアメリカでない。アジアには巨大な市場が既に誕生している。貿易相手は新興国,アジアに移り,貿易構成でもアメリカ離れが進んでいる。中国の習近平国家主席は本年4月25〜27日に北京で開催された2回目の「一帯一路」国際協力フォーラムで,国際ルールの遵守を明言し「質の高い一帯一路」を約束している。世界的に批判にさらされている被融資国の「債務の罠」への対応を念頭に,国際社会への最大限の配慮を表明している。情報技術,研究開発でも中国は既に世界有数の大国である。最先端分野で独自の技術開発が生まれている。トランプのデカプリング政策は,中国に技術の代替の途,「自力更生」の途を邁進させる圧力として作用する。

 詰まるところ,トランプ政権により打ち出されたアメリカの貿易赤字に端を発する対中国貿易戦争は,アメリカと中国の間の覇権の移行に関わる対立へと転化している。そして,現段階での焦点は,中国から体制問題にも踏み込んだ大きな譲歩を引き出せるかどうかである。中国からすれば,トランプの仕掛ける対中国デカプリングを受け身のデカプリングから主動のデカプリングへと転換できるか否かである。だが,事態は,トランプ大統領の思惑を超えて先に進む可能性がある。中国外しのデカプリングは,中国の主動するデカプリングへと転換を果たすかもしれない。その可能性は排除できないように思われる。

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