世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1331
世界経済評論IMPACT No.1331

進むパリのシェアリング経済

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.04.08

パリの都市経済はいち早くシェアリング経済の世界的メッカ

 フランスの社会学者ピエール・ヴェルツ教授はその著「ハイパー工業社会」(注1)のなかで新たな産業社会の特徴を次のように指摘している。そのなかで教授が誤った考えであると警告を発するのはいわゆる「非物質社会」の到来でモノの生産や製造が第2義的な役割になる産業社会が到来したと結論づけることである。確かに米欧日の先進工業諸国では製造業人口急減し,世界の製造業人口は史上最高で世界人口の4.8%の3億3千人に達した。南アフリカ等のアフリカ諸国や南米などの新興諸国はいわゆる「カエル跳び」(leap frog)と名付けられる非工業化のプロセスを辿っているという。ここでは中間階層は形成されない状態が続き,先進国と中国に工業が集中したままであるという。米国のジェレミー・リフキン(Jeremy Rifkin)が「限界コスト・ゼロの社会」(注2)のなかで資本主義社会の後に訪れる新しい経済社会とは「分かち合い協働する経済」とされている。欧州委員会のフラッシュ・ユーロバロメーター438号によるとフランスはアイルランドも上回る欧州随一のシェアリング経済の国である。確かにクラウド・ファンドを始め政府の支援するスタートアップ支援政策フレンチ・テックやベンチャー・キャピタル基地の「スタシオンF」など国を挙げて取り組んでいる。

“巨大な逆説”ハイパー産業の登場

 現代世界のポスト・トルース時代(Post truth)では実態よりも言葉が先行しようとする。真実は工業化の終わりでなく産業社会の新たな形態の始まり,すなわち,ハイパー産業時代とは製造業とサービスとデジタルという3つの業態が合体した状態である。そこでは巨大なパラドックス(逆説)が進行している。インターネットと航空海上輸送による無限の世界的な連結を通じて均等化に向かわず先例のない分極化,すなわち新たなセンター空間と周辺との分岐が進行している。確かに工業生産は増大,しかし工業部門の雇用者人口は50〜60年代より減少傾向している。その理由は,①業務の外部化 とくに清掃・業務用レシトラン・給与支払・会計などが第3次産業部門に移行,派遣労働による業務の増加,②生産性は2000年以降上昇し,生産は95〜2015年に2倍になったが労働時間は半減,従って時間当たり生産は4倍になった。③競争優位喪失で輸入依存を強めた産業部門もある。この結果,①産業部門の価格下落とともにサービス部門に比し価格が4倍も上昇,②産業分類の選択 輸送・水道・廃棄物処理・エネルギー・通信などを含めると違ってくる。③製品の「質」の違いが重要となる。自動車部門では90年代と現在ではシェアリング・ビジネスとしてのウィキペディア(Wikipedia),ブラブラカー(Blablacar),エアビエヌビー(Airbnb)などはGDP算出の仕方がこれまでとは異なってくる。フランスの有力な経済学者のベルベズ(Jean-Paul Berbeze)などは全要素生産性の有効性に対する疑念を表明している。

シェアリング・エコノミーが中間階層社会を変える

 シェアリング・エコノミーの経済社会ではユーバーやエアビエヌビーが働き方や生活のスタイルを変革しつつある。市民間の人間関係の規制緩和,あるいは現代における個人個人の繋がりの象徴であった社会契約の破壊を招いているとも言われる。新たなネオリベラリズムという別の局面に到達してきたという見方もできる。企業の租税負担はこれまでのような枠で実行しなくてもよくなり,業界ルールも規制する必要がなくなる。例えば病欠も認めなくてもよくなる。強いもののルールになる危険を孕んでいる。このようなプラットフォーム経済においては,仕事を見つけられない若者やピザ配達を行っている若者を容易に不安定な雇用者として「奴隷化」する危険性もあるのである。外国人や地方からの人に自宅を賃貸することで,エアビエヌビーはパリ市民の地元パリ市内での定住した生活を妨げていくことになっていくのではないかとも言われている。都市がその街のアイデンティティを市民レベルで確立していくには定着した住民としての基盤が必要である。フランスの都市社会学者ドンズレ(Donzellet)は「都市から社会が消滅しつつある」とさえ述べている。

[注]
  • (1)Pierre Veltz, La Société hyper-industrielle – Le nouveau capitalisme prodctif , Seuil, février 2017
  • (2)Jeremy Rifkin "La nouvelle société du coût marginal zéro", éditions Les Liens qui Libèrent,2014
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1331.html)

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