世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パリ首都圏 ハイパー産業社会の到来
(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)
2019.03.25
中間階層の衰退
都心部の人口構造の変容この50年間の人口動態を眺めると,パリ都市圏の富裕化は明白である。近年さらにそれが加速している。職業階層別人口において企業や公務員等の中間および上級管理職の人口は1954年の34.5%から2010年には71.4%にも上昇している。それに対して労働者階層の人口比率は同期間に65.5%から28.6%にまで大きく低下している。このような人口動態の著しい変化は多くの要因によるものであるが,次の3つをとくに挙げることができる。
まず第1に挙げなくてはならないのはパリ都市圏の産業構造の一種の空洞化現象である。フランス国立経済社会統計研究所(INSEE)の統計数字がそれを示している。製造業部門のパリ首都圏の就業人口は1962年の57万6千人から,89年に13万4千人,2009年に8万にまで大きく減少したのである。第2番目に不動産部門における公的資金援助政策の大きな変更が1997年にあったことが影響している。長い間,公的住宅政策は低廉な住宅建設の公的な資金援助に基づいていたが,70年代よりは個人等の世帯補助に転換。とくに労働者階層に対しては暗黙の内に都心部から離れた遠い郊外に一軒屋を建てるよう奨励することになった。第3番目に地縁主義的コーポラティズムと言われる資本主義からグローバル市場資本主義への急速な移行である。
富裕と貧困が同居する都市パリ
富裕層と貧困層の富の不均等は深刻である。今や富裕層の購買力はますます上昇,不動産が売りにだされると即座に購入する。物件の少ないと言われるパリではとくにこの傾向が顕著である。パリは世界のグローバル・メトロポール都市のなかで最も面積の小さな過密「コンパクト」都市である。パリ市内の新規の不動産物件は今や平均的フランス人には手が届かなくなったとさえ言われている。パリのひとつの特徴は貧困と隣合せであることである。道路沿い,地下鉄内,簡易宿泊所などにはそうした人たちがひしめいている。パリでSDF(Sans Domicile Fixe)と呼ばれる家のない人の数は1万人以上と言われる。20世帯のうち1世帯はRSA(revenue de solidarite active )という生活補助を受けており,年間所得がフランス国内の中央値の60%に達しない貧困率は16.1%(INSEE 2015年)にも達している。
パリの都市部において階層間競争とも言うべき居住空間の階層化とも言うべき現象がある。一方で,市内西部地区に富裕層の居住する住宅街があり,他方では西と北には低所得層の住む地区が存在する。人口密度の高い空間的に狭いころに富裕層でも最上層と,全く逆に最貧層の人達が共存しているところもある。しかしこの両階層は決して交わることはない。不平等が再生産されていると議論されるときに必ず指摘されることは,富裕層が富裕層同志で固まって付き合い,その結束は大変に強いことである。パリの20区のなかでも7区,8区,17区の南,16区の北などの地域で特に富の集中が進んでいる。パリ都市圏の拡散に伴いパリ市に隣接するヌイイ・シュール・セーヌ,ムードン,サンジェルマン・アン・レイなどの周辺部の市にもこの富裕化傾向がみられるようになった。しかしパリ市内東部でも変化が生じている。新たな産業職種としてデザイン,建築,先端技術,メディア,ファッションなどの分野に一般市民層が旧市街の住宅や工場跡でビジネスを起こして富裕化の兆しがある。しかしながら社会的な階層間の移動や融合は社会学的に見てもかなり複雑である。都市の階層問題に精通しているパンソン教授夫妻(Michel Pinçon et Monique Pinçon-Charlot)1によれば居住が接近すればするほど社会的な距離が遠くなっていくという調査結果が出ている。例えばパリ市内18区の低所得層がもっとも多いグット・ドール地区で高額所得を稼ぐ若いカップルは移民出身の世帯とは交際することはなく,とりわけ子供を通学させる学校についてはさらに峻別されている。すなわち,白人の子供は私立学校に,アフリカやアラブ出身の子供は公立学校に通うことになっている。後者の学校では学内暴力が深刻な問題になっている。
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