世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1293
世界経済評論IMPACT No.1293

CCS(二酸化炭素回収・貯蔵)&EOR(石油増進回収)とアンモニア

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.02.25

 昨年の11月,アメリカ南部のCCS(二酸化炭素回収・貯蔵)&EOR(石油増進回収)事業とアンモニア関連事業を見学する機会があった。訪れたのは,ルイジアナ州ガイスナーにあるニュートリエン社の肥料工場と,テキサス州トンプソンズにあるぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社のCCS&EOR施設,およびテキサス州フリーポートにあるヤラ社とBASF社との合弁アンモニアプラントである。

 CCSは,二酸化炭素(CO2)を回収して海底などに貯蔵するものであり,火力発電所等の地球温暖化対策の切り札とされるものである。EORは,産出量が減衰した油田にCO2や水を注入して,産出量を回復させる方法である。CCSの経済性を確保するためには,EORと結びつけCCS&EOR方式をとることが効果的である。

 最初に訪れたのは,ニュートリエン社の肥料工場である。ニュートリエン社は,肥料業界大手のPCS社とアグリウム社が合併して2018年に誕生した,世界最大の肥料会社だ。

 ミシシッピ川の河口より187マイル遡った河岸に立地する同社の工場は,水運等のロジスティクスの良さを活かして,窒素系肥料などを生産している。同工場を今回の調査対象にしたのは,アンモニアプラントから発生する年間100万トンのCO2のうち約半分を回収しているからである。ニュートリエン社の肥料工場では,回収した50万トン/年のCO2のうち20万トン/年を尿素生産用に自家消費し,残りの30万トン/年をデンブリー社のCO2パイプラインに送り出している。送り出されたCO2は,EOR等に充当される。ニュートリエン社の工場のほかジャクソンドーム(天然のCO2ドーム)やエアプロダクツ社の工場からもCO2の供給を受けるデンブリー社のCO2パイプラインは,ミシシッピ・ルイジアナ・テキサスの3州をカバーしている。

 通常,CCS&EORは,火力発電所と結びつけられることが多い。しかし,ニュートリエン社の肥料工場では,CCS&EORをアンモニア工場と結びつけている点に,大きな特徴がある。

 次に訪れたのは,ぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社のCCS&EOR施設である。ぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社は,アメリカのNRGと日本のJX石油開発が折半出資して設立した合弁会社だ。

 ぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社の施設は,大手電力会社であるNRG社のW.A.パリッシュ火力発電所(石炭250万kW+ピーク対応用ガス120万kW)の敷地内に立地する。同発電所は,化石燃料焚き発電所としては北米第2の発電能力を有する。ぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社は16年に操業を開始し,W.A.パリッシュ発電所のなかで唯一スクラバー(排ガス洗浄装置)を擁する8号機(石炭焚き,64万kW)の排ガス(24万kW相当分)からCO2を回収する。CO2濃度を13%から99%まで上昇させるこのCO2回収装置は世界最大規模であり,年間のCO2回収規模は160万トンに達する。

 ぺトラ・ノヴァ・パリッシュ社が回収したCO2は,パイプラインで81マイル先のウエストランチ海底油田へ輸送され,EORに充当される。ウエストランチ油田は1938年に発見され,これまでに3億バレルの原油を生産してきたテキサス湾岸でも有名な油田である。2017年のEOR実施以前は原油生産量が日量300バレル程度まで減衰していたが,EORにより現在では15〜20倍の日量4,500〜6,000バレルまで増加している。圧入したCO2は10〜30%が地下に留まる一方,残りは原油とともに産出する。地上に戻ってきたCO2については生産プラント内のコンプレッサーで圧縮してEOR用に再圧入するが,同コンプレッサーのキャパシティが原油生産の律速要因となっており,原油と一緒に産出するCO2をいかに抑えるかが,原油生産量を増やすためのキーポイントとなるそうだ。

 最後に訪れたのは,ヤラ社とBASF社との合弁アンモニアプラントである。ヤラ社はノルウェーの肥料会社,BASF社はドイツの化学会社であり,いずれも世界的な大企業だ。

 18年に試運転を開始したこの合弁プラントでは,プラックスエア社から水素と窒素の供給を受け,アンモニアを生産する。このうち水素は,主として,近隣のダウ・ケミカル社のナフサクラッカーを発生源とする。使用する電力は,隣接するBASF社のコンプレックスから提供される。

 合弁プラントで生産されたアンモニアは,パイプラインを通じて9マイル離れたジェティ(桟橋)まで運ばれ,そこから船で出荷される仕組みである。ジェティの近くには,2基のアンモニアタンクが設置されていた。

 アンモニアについては,17年に日本政府が策定した「水素基本戦略」において,エネルギーキャリアとしての活用が謳われている。アンモニアには,①他の水素キャリアと比較して体積水素密度が大きい,インフラ整備をより小規模で安価に推進できること,②天然ガスから製造できるため比較的安価であること,③既存の商業サプライチェーンを活用できること,などの特長がある。一方で,CCSや再生可能エネルギー利用と組み合わせることによって,製造段階でCO2フリー化を実現することが求められるなどの課題も存在する。

 今回の調査では,CCS&EORが石炭火力発電だけでなく,アンモニア工場についても有効であることが判明した。また,アンモニアインフラの整備には多様な方式がありうることもわかった。これらの事実は,エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性をさらに大きくするものだと言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1293.html)

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