世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1272
世界経済評論IMPACT No.1272

CSR/CSVとESG/PRI

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.02.04

 日本でも,「企業の社会的責任」,英語で表現すればCSR(Corporate Social Responsibility)という言葉は,すっかり企業経営に定着した。近年,そのCSRに関連して,CSVという概念が注目を集めている。CSVは,Creating Shared Valueの略語であり,日本語では「共有(通)価値の創造」などと表現されることが多い。

 CSVの概念が注目を集めるきっかけとなったのは,マイケル・E・ポーターとマーク・R・クラマーが2006年にHarvard Business Reviewに載せた共著の論文(Michael E. Porter and Mark R. Kramer, “Strategy and Society: The Link between Competitive Advantage and Corporate Social Responsibility”, Harvard Business Review, December 2006)である。日経ビジネス・オンラインに掲載された2010年12月時点のインタビューで,ポーターは,「CSRはやめて,CSVをすべきと主張されているそうですが,その真意は」という質問に対して,「寄付やフィランソロピー(社会貢献)を通じて自社のイメージを向上させるという従来のCSR活動は,事業との相関関係がほとんどなく,正しいアプローチではない」,「従来のCSR活動は必ずしも効果的なものだと言えなかった。社会に大きな影響を及ぼすには至らなかったからです。それも無理はありません。企業は,自社のイメージ向上だけに関心があり,社会にインパクトを与えて実際に社会を変えようとは真剣に考えていなかったのですから」,と答えている(中野目純一・広野彩子「CSRの呪縛から脱却し,『社会と共有できる価値』の創出を」『日経ビジネス・オンライン』,2011年5月19日発信,参照)。

 ポーターとクラマーは,2011年にCSVの概念を詳細に論じた新しい論文をHarvard Business Reviewに掲載した(Michael E. Porter and Mark R. Kramer, “Creating Shared Value”, Harvard Business Review, January-February 2011)。そのなかで2人は,

  • 〇CSRでは価値は「善行」であるが,CSVでは価値はコストと比較した経済的便益と社会的便益である,
  • 〇CSRではシチズンシップ・フィランソロピー・持続可能性を重視するが,CSVでは企業と地域社会が共同で価値を創出することを重視する,
  • 〇CSRは任意あるいは外圧によって行われるが,CSVは競争に不可欠の活動である,
  • 〇CSRは利益の最大化とは別物であるが,CSVは利益の最大化にとって不可欠である,
  • 〇CSRのテーマは外部の報告書や個人の嗜好によって決まるが,CSVのテーマは企業ごとに異なり内発的である,

などの論点をあげて,CSRとCSVの違いを強調している(マイケル・E・ポーター,マーク・R・クラマー「共通価値の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年6月号[前掲の2011年の英文論文の邦訳版],参照)。

 もちろん,これまで企業が展開してきたCSR活動に,CSVの要素が含まれていなかったかと言えば,そうではない。正確にはCSVは,CSRの特定の部分に光を当て,残りの部分との差異を強調した議論だと言うべきであろう。

 それでは,CSVによって等閑視されることになったCSRの「残りの部分」に意味はないのか。最近,CSVの考え方とは対照的に,シチズンシップ・フィランソロピー・持続可能性などに深く関連するCSRの「残りの部分」こそ重要だという議論も高まっていることに,注目する必要がある。それは,ESGと呼ばれる考え方だ。

 ESGは,環境(Environment),社会(Social),ガバナンス(Governance)を表す3つの英語の頭文字を並べた造語である。企業の持続的な成長のためにはESGの3要素が必要であり,ESGの観点から高い評価を与えうる企業には投資すべきであるが,低い評価しか与えられない企業には投資すべきではないという,投資上の判断に結びつく。したがって,「ESG投資」という言葉が,広く使い始められている。シチズンシップ・フィランソロピー・持続可能性などを重視する企業は,ESG投資の対象として選定される蓋然性が高いと言うことができる。

 ESG投資の考え方が広がるうえで大きな後押しをしているのは,国連責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)である。国連責任投資原則は,国連グローバル・コンパクトや国連環境計画(国連環境計画[UNEP:United Nations Environment Programme]は,1972年に設立され,環境分野における国連の主要機関として,グローバルな環境保全を唱道している)が推進しているイニシアティブで,ESG投資を進める世界各地の年金基金やアセットオーナー,運用会社などが,それに参加している。国連責任投資原則の力を得て,ESG投資が勢いを増しているのである。

 ここで紹介したCSVは,企業の視点に立って,CSRに対して異論を提示している。一方ESGは,CSVとは対照的に,いわば社会の視点に立って,CSRを再評価している。CSRは「企業の社会的責任」であるから,企業のサイドから見るか社会のサイドから見るかによって,CSRの見え方が大きく異なるのは,当然のことかもしれない。CSRに対して新たな考え方が次々と示されるなかで,それがどのような発展をとげてゆくのか,大いに注目される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1272.html)

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