世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
関税戦争とグローバル・インバランスについて考える
(静岡県立大学国際関係学部 講師)
2018.12.17
現在,トランプ政権の保護主義的な貿易政策,特にアメリカと中国の関税戦争,トランプ政権の貿易に対する見方やその相手国である中国の市場の閉鎖性や特異性,などが新聞やニュースで盛んに報道されている。日本経済新聞(2018年7月24日,12月3日)では,現在のアメリカと中国の貿易戦争は世界各国の経常収支の不均衡(グローバル・インバランス)を放置していたからだと言い,来年のG20の議長国である日本は,議論のテーマとしてこのグローバル・インバランスを取り上げるという。
このような現在の動きをみると,思い出されるのが,1980年代後半から1990年代前半にかけてのアメリカと日本の間の貿易摩擦問題である。この問題では,日本の巨額な経常収支黒字とアメリカの巨額な経常収支赤字が問題視された。その原因は,日本の市場の閉鎖性にあるとされ,日米両政府は日本の経済構造の改善に関する協議の場が設けられた。また,日本自身も前川リポートに代表されるように,経済構造を外需から内需へ変更しようとした。しかし,そのような努力にもかかわらず,現在も日本は経常収支黒字を計上している。
このような貿易摩擦とグローバル・インバランスの問題を経済学の観点から考察していく。最初にトランプ政権の貿易スタンスを明らかにしてから,貯蓄・投資ギャップ式を用いて,経常収支の決定要因を明らかにする。
トランプ政権の貿易スタンスについて,報道でよく聞く言葉が「公正で互恵的」という言葉である。この「互恵的」というのは,貿易の世界ではある国が譲歩を行ったら,その貿易相手国も同じくらいの譲歩を行うことを意味しているが,トランプ政権は明らかに違う意味で使っている。これを考える際の手かがりはトランプ大統領の施政方針演説(要旨)にある。そこでは,「私たちはあまりにも長きにわたり,雇用や富が外国に流れ」,「北米自由貿易協定(NAFTA)が承認されてから,製造業の雇用の4分の1以上を失いました。そして,中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加わってから6万の工場を失ったのです。昨年の世界に対する私たちたちの貿易赤字は8千億ドルに達しました」とある。これから明らかになるのは,互恵とか公正を雇用や富で測っていることであり,その結果が経常収支に表われているという考え方である。つまり,トランプ政権は古典的な重商主義的な思考を有していることが分かる。この重商主義的な思考に基づき,経常収支赤字は富や雇用の流出と捉えて,それを防ぐために,関税戦争等の保護主義により,経常収支が黒字なれば,富や雇用の流出を防ぎ,さらにはそれらが流入すると考えている。
これらの考え方がおかしいのは,日本のバブル崩壊後の経済状況を見れば,すぐわかる。日本はバブル崩壊後,「失われた20年」とも言われるような経済的な低迷に見舞われたが,経常収支は黒字のままであったからである。つまり,富や雇用の流出と経常収支は関係ないのである。
このような現実的ではない古典的な重商主義的な思考に基づいて,関税戦争の要因となったとするグローバル・インバランスを議論するというのが来年のG20である。
一国の経常収支はマクロ経済構造に依存することが知られている。これは貯蓄・投資ギャップ式と呼ばれ,経常収支は貯蓄と投資の差で示される。経常収支黒字国は貯蓄よりも投資が多く,経常収支赤字国は貯蓄よりも投資が多い。つまり,アメリカの経常収支が赤字なのは投資が貯蓄よりも多いからであり,中国の経常収支が黒字なのは,貯蓄が投資よりも多いからである。したがって,グローバル・インバランスを解消するには,人々の貯蓄や消費に対する生活様式を変更する必要がある。中国は貯蓄を減らす必要があり,アメリカは貯蓄を増やす必要がある。これは非常に複雑で難しいことであり,政府の介入で簡単に変更できるものでもない。そのことは,過去の日米貿易摩擦からも明らかである。
間違った認識に基づく誤った問題設定では,現在の関税戦争とグローバル・インバランスの問題を複雑にするだけである。温故知新ではないが,もう一度過去の出来事をふり返り,現在の動きに惑わされることなく,経済学の知識に基づいて,客観的に考える必要がある。
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