世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1183

最高裁判事就任:トランプ大統領の驚くべき成果

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2018.10.15

 トランプ大統領はまだ在任1年9ヵ月だが,この半年間に何と二人の最高裁判事を就任させた。1人目は今年4月10日に就任したゴーサッチ判事(51歳),2人目がこの10月6日,大騒動の末に就任したカバノー判事(53歳)である。

 ちなみに米国の最高裁判事は長官を含めて僅か9人,日本はその1.7倍の15人である。日本の最高裁判事は70歳定年制で,70歳を迎える誕生日の前日までが任期だが,米国の最高裁判事は終身制で任期はない。女性判事は現時点で日本が3人(全員の20%),米国も3人(同33%)である。

 米国の保守派にとって,最高裁判事の多数派をリベラルから保守に切り替えることは隠された悲願であるが,トランプ大統領は保守派の期待にみごとに応えている。カバノー判事の就任によって,共和党の大統領が指名,就任させた保守派の判事は,就任順に,クラレンス・トーマス,ジョン・ロバーツ(最高裁長官),サミュエル・アリート,ニール・ゴーサッチ,ブレット・カバノーの5人(すべて男性)。民主党の大統領が指名したリベラル派の判事は同じく,ルース・ギンズバーグ,スティーブン・ブライヤー,ソニア・ソトマイヨール,エレナ・ケイガンの4人(うち女性は3人)。カバノー判事の就任で,遂にリベラル派は少数派となった。

 しかも,カバノー判事の前任者アンソニー・ケネディ判事(82歳)の退任によって,中道寄りで票決の行方を左右するような判事がいなくなった。今後の判決は保守色がますます強くなるとみられる。

 さらに,現在80歳以上の判事は,クリントン大統領が指名したギンズバーグ判事(85歳)とブライヤー判事(80歳)の二人。この2人がトランプ大統領在任中に退任すれば,リベラル派はわずか2人となる。そうなれば,トランプ大統領は保守派が期待する以上の成果を挙げることになる(年齢は The Supreme Court Historical Society による)。

 戦後の大統領で最高裁判事を指名,就任させられなかったのは,カーター大統領だけである。指名され,就任した最高裁判事の人数は,大統領別に,アイゼンハワー(在任期間8年)が最多で5人,トルーマン(7年283日),ニクソン(5年201日),レーガン(8年)がそれぞれ4人(ただし,レーガンは最高裁長官を含む)。フォード(2年164日)は1人。それ以外の大統領は,ケネディ(2年306日),ジョンソン(5年59日),父ブッシュ(4年),クリントン(8年),子ブッシュ(8年),オバマ(8年)がいずれも2人である(指名したが承認されなかった判事を除く)。

 つまり,大統領の在任期間の長短にかかわらず,在任中に現職判事が死亡または退任しなければ,後任判事は指名できないから,大統領が判事を指名できるか否か,あるいは何人就任させられるかは,神のみぞ知るである。多くの判事を指名,就任させることができれば,それは正に僥倖である。トランプ大統領はその僥倖に一番恵まれた大統領になるかもしれない。トランプ大統領が就任させた保守派判事の影響は今後数十年も続き,米国社会に大きな変化をもたらすことになる。

 保守派の中でも,新任のカバノー判事は,9人の判事のうち最も保守性の強いトーマス判事(70歳)に次ぐ,筋金入りの保守派である。なお,トーマス判事は史上初の黒人判事サーグッド・マーシャルの後任で二人目の黒人判事である。

 例えば,カバノー判事は前任のワシントンD.C.巡回高等裁判所判事として,オバマケアの合憲性を支持した判決に対して同高等裁は裁判権がないと反論し,また不法入国した年少者の中絶を認める判決にも反対している。半自動ライフル銃の販売規制は憲法修正第2条に反しないとの判決にも異議を唱えた。さらに,環境規制の縮小,消費者保護庁の機能制限など,トランプ大統領の政策と一致するところが多い。

 トランプ大統領が何としてもカバノー判事の議会承認を得ようとしたのも,こうした背景がある。なお,カバノー判事はブッシュ候補がクリントン政権の副大統領ゴア候補と争った大統領選挙で,フロリダ州の票の数え直しを阻止する役割を果たした。ブッシュ政権のホワイトハウスでスタッフ・セクレタリーも務めている。

 上院本会議の票決は,賛成50,反対48の僅か2票差。現職判事のなかでは最少差である(票差が一桁となったのは,トーマス(票差4),アリート(6),ゴーサッチ(9)の3人)。票決結果は6日午後4時前,2階傍聴席から怒号が飛び交い(「これは米国史の汚点だ」と叫んだ女性の声が聞こえる),何度も中断されながら,ペンス副大統領(上院議長)が発表した。

 票決時点の上院の議席数は共和党51,民主党49(無党派2を含む)である。今議会では,女性の上院議員は23人いるが(共和党5人,民主党18人),共和党の女性議員はマーカウスキー議員を除いてすべて賛成した。

 賛成50の内訳は,共和党49,民主党1(ウエストバージニア州選出のマンチン議員,同議員は厳しい再選選挙運動中)。トランプ大統領を批判し,中間選挙に立候補しないフレイク共和党議員は,カバノー判事が17歳の時に行ったと言われる性的暴力についてFBIの調査を実行させ,票決を1週間遅らせたが,結局賛成票を投じた。

 反対48の内訳は民主党46と無党派2。民主党に同調することが多い共和党のマーカウスキー議員は悩んだ末に棄権し,コリンズ議員(同)は賛成票を投じた。コリンズ議員は,カバノー判事が①模範的な公僕である,②人工妊娠中絶を合法化したロー対ウェイド判決を覆すことはない,③オバマケアをひっくり返さないとの確信を得たほか,④性的暴力被害の訴えはカバノー判事を承認しない十分な基準とはならない,と45分間の本会議演説で述べている。なお,欠席した共和党議員が1人いる。モンタナ州選出のデイビス議員で,娘の結婚式に出席した。

 上院司法委員会のファインスタイン民主党上席委員は「1992年から25年間司法委員を務めているが,あれほど好戦的な態度をみせた最高裁判事候補は一人も見たことがない」とカバノー判事を辛辣に批判している。さらに,9月27日の公聴会で,被害を訴えた女性の主張に感情を爆発させて完全に否定し,民主党批判を展開したカバノー判事は,言い過ぎを反省したのか,10月4日付のウォールストリート・ジャーナルのオプ・エド欄で弁明している。また,母校であるイェール大学のほか,ハーバード大学を含む650人以上の法学教授や研究者が連名して,10月4日,カバノー判事を承認しないよう上院に書簡を送った。こんなことはすべて,異例中の異例である。法学者らは承認反対の理由として,カバノー判事が最高裁判事として持つべき,思いやり,明白さ,偏見の無さ,忍耐,公平さといった「司法的気質」(judicial temparament)の欠如を挙げている。

 性的暴行の被害者でトーマス判事の承認に異議を唱えた,1991年のアニタ・ヒル(現ブランダイス大教授)以来27年経つが,上院司法委員会の本質は何も変わっていない。そうした根強い批判もある。

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