世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1112

タイ東部経済回廊(EEC)とPPP(官民連携)事業の課題

春日尚雄

(都留文科大学 教授)

2018.07.16

 タイ東部経済回廊(Eastern Economic Corridor:EEC)構想は,2016年6月,タイ国家経済社会開発庁(NESDB)によって提案され,国会で承認後,現在開発が進められている。タイの経済成長が減速したことで「中所得国の罠」が懸念され,タイの産業構造を高度化し国際競争力を高めるための,いわば第4次産業革命を目指すタイ政府内の議論から派生したビジョンとして「タイランド4.0」が示されている。EECは特定地域の開発という,1プロジェクトの枠を超えて「タイランド4.0」実現のための有望な事業として推進されおり,当該地区には日系企業の極めて濃密な集積があることから日本にとっても大きな関心事となっている。

 EECの対象となっているのは,チャチュンサオ県,チョンブリ県,ラヨーン県の3地域で,1980年代に開発が進んだ東部臨海地域(イースタンシーボード)がまたがる地域である。この3県のRGDP(地域国内総生産)合計はタイ全体の15%を超えているとされ,製造業の集積がタイ国内で最も進んでおり,特に日系の自動車産業は完成車プラント,サプライヤーの多くがこの地域に立地していることはよく知られている通りである。すでに30年以上に渡って開発が進められている東部臨海地域をフラッグシップ事業とも言えるEECの対象としているのは,効率性であろう。すでに日系企業の集積があり,インフラが高いレベルで整備されていることから,遠隔地における新規開発による資金と時間のロスを避けられ,EECにおける成功例を他地域にも展開できるとの読みがあるとみられる。

 EEC開発の概要としては,バンコク,チャチュンサオ,チョンブリ,レムチャバン,パタヤ,サタヒップ,ウタパオ,マプタプット,ラヨーンを結び,さらにタイ全国に及ぶ物流ネットワーク構築,及び道路・鉄道・海運・航空を含めた総合的な物流網形成のために投資を行うことである。主なプロジェクトとして,①レムチャバン深海港プロジェクト,②マプタプット港プロジェクト,③ウタパオ空港開発プロジェクト,④サタヒップのチュックサメット港開発プロジェクト,⑤高速鉄道建設と鉄道複線化,⑥未整備の国道建設の完成,⑦新都市の建設,があげられている(注1)。このうち特に交通・輸送関連の事業については,日系企業が現地で操業するユーザーとして裨益する,もしくは日系企業がタイ政府からインフラ事業を受注する可能性があり,注目されている。EECの先行インフラ整備として進められているのは,①主要3国際空港を連結する高速鉄道の建設,②ウタパオ空港の拡張・増設,③レムチャバン港 第3期開発,④航空機整備(MRO)センター設立,⑤マプタプット港 第3期開発,が2018年中に民間事業者と契約を完了し,2019年に着工する計画となっている(注2)。

 このうちEECの鉄道インフラプロジェクトは,民間資金を活用するPPP事業として進められている。アジアで交通あるいは電力などの整備にPPPを活用することが拡大しており,巨額のインフラ投資を賄うため積極的に導入されている。しかし,交通分野は電力事業などに比べて民間企業が負うリスクが高いとされ,受注を目指す企業にとって不安は大きい。EEC関連の高速鉄道計画についても,日本側はタイ政府による関与を求めており,2018年2月の日系企業・団体との意見交換会で「運行開始後の当初10年間,タイ政府が運営事業者に対して補助金を支給する計画」という方針が一旦示されたが,その後「タイ政府が,鉄道開通後一定期間,利用者数補償を実施することはしない」と政府による関与を否定されている(注3)。これまで現地の日系企業によるEECへの関心の低さが指摘されており,鉄道建設計画に見られるタイ政府による条件面での駆け引きが日本側の意欲を削ぐことも考えられる。東南アジアのPPP事業への参入全般に言えることであるが,現地政府による過度の要求に対しては一定の距離を置くことも必要ではないだろうか。

[注]
  • (1)サンラヤー・アクソーンマット「東部経済回廊(EEC)開発とこれからのタイ国」『盤谷日本人商工会議所 所報』2017年3月号。
  • (2)2018年4月24日「JETROビジネス短信」。
  • (3)2018年4月9日「JETROビジネス短信」。

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