世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1093

貿易摩擦と貿易戦争

童 適平

(獨協大学経済学部 教授)

2018.06.11

 民主主義政治の政治指導者も時々花火を打ち上げ,世の中を賑わせる必要がある。アメリカトランプ大統領が打ち出した鉄鋼など輸入製品の関税率引き上げは最近の花火です。これに対して,中国国内も,アメリカからの輸入製品に対して対抗措置を取るべきだというムードが強まった。一時,中米は,貿易摩擦から貿易戦争にエスカレートするのではないかとの予想が世界に衝撃を与えた。確かに,中国は世界最大の輸出国であると同時に,アメリカに次ぐ二番目の輸入市場でもあるので,それなりの影響を持つかと思われる。

 しかし,冷静に見てみると,中国の取れる対抗措置はそんなにない。

 中国の年間輸出入額は約4兆1千億米ドル(2017年)で,貿易黒字は約4,225億米ドルにも上るが,対米黒字は3,258億米ドルで,四分の三以上を占めた。この数字からアメリカ市場は中国にとって如何に重要であるかは分かるが,対米黒字を無くしたらどうであろうか。

 中国の輸入構造にはほとんど調整の弾力性がない品目がある。27類(鉱物性燃料等)である。その主な内容は石油と天然ガスである。年間貿易赤字は常に2,000億米ドル以上存在する。この赤字額は,今後,たとえエネルギー価格が上昇しなくても,中国経済の成長に伴い,拡大していくことはほぼ間違いないことであろう。対米黒字がなければ,この赤字を補填することはほとんど不可能である。

 輸入構造だけでなく,輸出構造にも同じことが言える。中国最大の輸出と輸入の品目はともに85類(電気機器及びその部分品)である。2017年,その輸出入金額はそれぞれ5,985.6億米ドルと4,578.3億米ドルであった。同時に,この品目は対米輸出入最大の品目でもある。2017年に対米輸出額は1,068.9億米ドルに達し,対米輸出の約四分の一に相当する。輸入額は173.8億米ドルである。同じ85類(電気機器及びその部分品)において,中国とアメリカは互いに輸出入していることは,この産業において中国とアメリカの分業が進んでいることになる。一般的に,中国は部品,特に技術の度合いが高いチップやIC回路などを輸入して,組み立てた完成品を輸出する特徴を持っているが,アメリカは逆である。つまり,中国の85類(電気機器及びその部分品)の産業構造はもう完全にグローバル経済にビルトインされ,アメリカを始め,海外からの輸入がなければ,中国の輸出自体も成り立たない状況になっている。中米貿易摩擦の前哨戦とも言えるトランプ大統領による中国通信大手ZTC社に対する制裁はこのような状況を端的に表した。このような状況は85類(電気機器及びその部分品)だけでなく,中国の全産業にも言える。

 勿論,中米貿易摩擦がエスカレートすれば,アメリカも困る。アメリカ農産物の最も有望な輸出先は14億人を有する中国市場である。大豆など穀物はもう攻略されつつ,これからは食肉である。また,安い中国製商品の輸入はアメリカの物価安定にも大きく寄与した。何よりも対米貿易黒字から由来する米債券市場への中国資金はアメリカ債券市場の低金利と価格安定のアンカ―としての役割を見逃してはならない。また,貿易戦争によって,中米どちらが傷ついても,世界経済に飛び火し,大きな打撃を与えてしまう。いずれにしても,中米双方にとって,貿易摩擦があっても貿易戦争になってはいけない。貿易戦争には勝者がいないからである。冷静に考えれば,貿易摩擦に止まるであろう。

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