世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1073
世界経済評論IMPACT No.1073

ニューヨーク・タイムスがトランプ翼賛新聞になる日

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.05.14

 米国のイラン核合意離脱に関して米国内の論調を見ていると面白いことに気づく。保守派の方が批判的でリベラル派の方が肯定的なケースが多いようなのである。

 例えば保守系シンクタンクCATO研究所が配信した“Kill the Iran Deal, Open Pandora’s Box”という記事の中では,

  • 1,米国と欧州諸国との関係を決定的に悪くした。
  • 2,却ってイランを核武装に踏み切らせ世界の核拡散を促進する。
  • 3,イランと米国ないしイスラエルとの戦争に発展する危険がある。

等の理由から,イラン核合意離脱に関して非常に批判的である。

 中道右派のThe Hillの“Five takeaways from Trump’s Iran announcement”という記事の中でも,ほぼ同様のことが指摘され,これはトランプ支持者とイスラエルのネタニヤフ首相を喜ばせるだけのものであると指摘している。

 やはり保守系National Interest誌が合意離脱前の5月7日に配信した“Don|'t Let Bibi Sell Us Another War”という記事の中によれば,イスラエルの軍部にもイラン核合意はイランの核武装を遅らせる意味があるという意見が少なくなく,ネタニヤフ首相のパワーポイントを使ったイランが合意を破って核開発をしているというプレゼンテーションにも決定的な証拠はないと指摘。そして誰もが考えることかも知れないが米国にとっては損害の大きかったイラク戦争開始の契機になった国連でのパウエル(当時)国務長官のプレゼンテーションと二重写しのように見えると結論付けている。

 宗教保守派に近いとされるワシントン・タイムス紙の“Trump makes good on Iran threat”という記事でさえが,途中までは上述の三点を指摘している有様である。但し同記事は最後の部分で専門家の意見として,イラン核合意は同国の核やミサイルの開発,国際テロ集団への支援等を止められなかったのだから無意味であり,離脱は妥当と結んではいる。

 面白いことにリベラル派のワシントン・ポストも“Why Trump torpedoed Obama’s Iran deal”という記事の中で,途中までは上記三点等を押さえつつも,トランプ大統領は戦術的な失敗は多くても戦略的な失敗はない(例えばエルサレム首都宣言やパリ協定離脱は批判されても最終的に失敗とは言われていない。減税,保守派裁判官指名,規制緩和等,全て同様である)という意味の言葉で,この記事を結んでいる。

 やはり中道左派のUSA Todayも“The Iran nuclear deal was the worst deal ever. No wonder Donald Trump nixed it.”という記事の中で,ワシントン・タイムス紙前掲記事の末尾の専門家と,同様の論調を展開。ネタニヤフ首相のプレゼンテーションは信用できるものであるとして,それはイランによるNPT違反であるとさえ指摘している。

 極め付けはリベラル派の代表ニューヨーク・タイムス紙の“A Courageous Trump Call on a Lousy Iran Deal”という記事だろう。同記事では,アメリカ国民の約半数がイラン核合意に反対で賛成は21%。この合意は民主党からも反対が出て米国議会を通過できなかったのだから,これは条約でも行政協定でもなく,いつでも破棄して良いものであると指摘。ワシントン・タイムス紙前掲記事末尾で専門家が言ったことに関する詳細な事実関係を紹介。そしてイランが核開発を再開すれば,アメリカないしイスラエルによる攻撃という結果になるだろうとも予測している。

 しかし同時に同記事は,イラン経済が過去数カ月の間に急激な失業の増大や通貨価値の下落そして莫大な資本流出で困窮していることも指摘。経済支援と引き換えに完全かつ検証可能で不可逆な核や弾道ミサイルの放棄をさせる合意の再形成は可能ではないかと主張している。だが同記事はイラン経済の現状は,イランがシリア戦争に大規模介入したことによる自業自得であり,またトランプ大統領がアサド政権を打倒するような大規模攻撃をシリアで行わず,自由・人権の理想を守るようイランに呼びかけなかったことは,アメリカの交渉力を弱めたのではないか?——とも指摘している。

 そして平和と繁栄か悲惨な戦争かを選ぶのはイランが決めるべきであると結論付けている。

 米国では宗教保守派だけではなくリベラル派にも人種的な理由からかイスラエル支持者が多い。そしてイスラエルとイランの間で戦争が起こるのは,もはや不可避なように私には思える。

 そうなった時“イスラエルを守るために闘っている英雄的大統領”ということになれば,ニューヨーク・タイムスが掌返しにトランプ翼賛新聞になっても,私は驚かない。“もう出来るだけ外国で戦争をしない”という公約には違反し,孤立主義をモットーとする保守本流から批判され,そして支持者の一部が離反するかも知れないが,新しい支持を開拓することも出来るだろう。2020年の再選も,より確実になるかも知れない。政治とは,そういうものなのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1073.html)

関連記事

吉川圭一

最新のコラム