世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1011
世界経済評論IMPACT No.1011

温室効果ガス80%削減は国際的対策で

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2018.02.12

 わが国の長期的な環境・エネルギー政策をめぐっては,二つの閣議決定が現存する。一つは2015年に経済産業省主導で決定された30年の長期エネルギー需給見通しであり,もう一つは16年に環境省主導で決定された50年までに温室効果ガスの80%削減をめざす地球温暖化対策計画である。問題は,これら二つの閣議決定が明らかに矛盾していることにある。

 長期エネルギー需給見通しは,2030年の日本における電源構成を,原子力発電20〜22%,再生可能エネルギー(水力を含む)発電22〜24%,火力発電56%と見込んだ。一方,地球温暖化対策計画が掲げるように,50年までに温室効果ガスを80%削減するのであれば,その時の電源は,ほとんどすべてをいわゆる「ゼロエミッション電源」としなければならない。温室効果ガス(その大半は二酸化炭素=CO2)排出量ゼロのゼロエミッション電源は,原子力発電,再生可能エネルギー発電,CCS付き火力発電の三つからなる。30年に20〜22%という目標を達成することさえ困難視される原子力発電は,50年には電源構成に占める比率を低下させている可能性が高い。再生可能エネルギー発電は比率を高めているだろうが,全体をカバーするまでには到底至っていないであろう。そうだとすれば,50年の電源構成において,CCS付き火力発電は,相当の比率を占めることになる。ところが,30年に56%を占めると見込んだ火力発電へのCCSの装備について,長期エネルギー需給見通しは,具体的な施策をまったく打ち出していない。このように,二つの閣議決定,つまり長期エネルギー需給見通しと地球温暖化計画とは,明らかに矛盾しているのである。

 この矛盾を解決するにはどうすれば良いだろうか。

 地球温暖化対策計画の基準年である13年度の日本の温室効果ガス排出量は約14億トンである。それを80%削減するということは11.2億トン減らすことであり,50年時点での温室効果ガス排出許容量は2.8億トンにとどまる。

 昨年4月にまとめられた経産省の長期地球温暖化対策プラットフォーム・「国内投資拡大タスクフォース」の最終整理によれば,製品や作物の生産に付随して不可避の温室効果ガス排出量は,4億トンである。仮に,17年時点の技術を前提にして,80%削減目標を国内対策のみで実施するとすれば,「農林水産業と2〜3の産業しか国内で許容されない」。つまり,国内対策ではなく国際的対策に頼るしかないわけである。

 われわれが直面するのは「日本環境問題」ではなく「地球環境問題」であるから,国際的対策は意味をもつ。国際的対策として「切り札」になるのは,日本の高効率石炭火力発電技術の海外移転である。国際エネルギー機関の16年のデータにもとづく試算によれば,中国・アメリカ・インドの3国に日本の石炭火力発電のベストプラクティスを普及するだけで,CO2排出量は年間11.7億トンも削減される。この削減量は,13年度の日本の温室効果ガス排出量の83%に相当する。

 ここで指摘しておくべき点は,日本でよく聞かれる「高効率石炭火力技術の輸出には賛成だが,国内での石炭火力建設には反対だ」という議論が,成り立たないことである。日本国内で石炭火力開発が行われるからこそ,技術革新が進展し,高効率発電技術が磨かれる。石炭のほぼ全量を輸入するわが国では,その分割高となる燃料コストを少しでも削減しようとして,燃焼効率改善の技術革新が進む。世界最高水準の高効率石炭火力技術は,燃料コスト削減のインセンティブが最も強く作用する日本の地であるからこそ,開発が進展するのだ。わが国は,「石炭火力の世界的R&Dセンター」だと言える。

 このほか,日本の鉄鋼業界が推進する省エネ技術の海外移転によりCO2排出量を減らすセクター別アプローチや,化学業界が取り組む原料採取から最終消費・廃棄までの全過程でCO2排出量を抑制するライフサイクルアセスメント(LCA)も,国際的対策として威力を発揮する。発電事業や製鉄業・化学工業はCO2排出量が多く,「温暖化の元凶」とみなされてきたが,むしろこれらの業種こそ,温暖化を抑える国際的対策の「救世主」となりうるのだ。

 これらの国際的対策は,二つの閣議決定間の矛盾も解決する。政府は,発電・製鉄・化学業界と連携し,50年までに温室効果ガス排出量を11.2億トン削減する具体的プランを,直ちに策定すべきだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1011.html)

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