世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
フィンテックは金融包摂の実現の切り札となりえるのか?
(東北学院大学 教授)
2017.06.12
日本に住む私たちは,ATMを利用した現金の引き出しや預金口座振替を通じた公共料金の支払いなど,金融機関から様々な金融サービスの提供を受けて生活をしている。しかし他方で,世界で20億人以上の成人が基礎的な金融サービスにアクセスできていない,言い換えれば,金融システムの蚊帳の外に置かれている事実はあまり知られていない。
世界銀行の「Global Findex 2014」によると,15歳以上の成人で預金口座を保有している割合は,OECD加盟国の平均値が94%なのに対して,サハラ砂漠以南のサブサハラ・アフリカ地域で34%,中東地域では14%に過ぎないとされる。また,預金口座を保有していない割合は,男性や都市部に居住する人よりも女性や郊外地域に居住する人のほうが高い傾向にある。
主に途上国において金融サービスへのアクセスが低調な理由としては,特に農村地域において,居住地から最も近い銀行の支店までの所要時間が平均1時間半という調査結果もあるように,金融サービスへのアクセスが物理的な制約を受けていることが挙げられる。また,金融インフラが未整備であるとともに,長年の政府や銀行に対する不信により,主要な取引が現金に依存している点も指摘できる。
2000年代に入り,世界銀行や国際連合などの国際機関が中心となり,基礎的な金融サービスへのアクセス問題を解消し,これらのサービスを地球上の全ての人が享受できるようにする「金融包摂(financial inclusion)」の実現に向けた様々な取り組みが行われている。金融包摂の実現には,言うまでもなく銀行をはじめとする金融機関の果たす役割が大きいが,近年,既存の金融機関以外の事業者による金融サービスの提供が,金融包摂の実現に寄与するものと期待されている。
例えば,アフリカのケニアでは,国内通信最大手のサファリコムが手掛ける「エムペサ」と呼ばれる携帯電話を使った送金サービスが,国内の重要な金融インフラとなっている。ケニアは,人口に占める携帯電話の利用率は88%と高く,エムペサの利用登録者は約1,900万にも達する(人口の4割強)。エムペサは,食料品店や飲食店,雑貨店など国内4万以上の取次業者を通じて送金が可能であり,近年では,小口の預金や融資,給与の支払い,公共料金の支払いといった送金以外の金融サービスの利用も可能となっている。
近年,日本においても,「ファイナンス」と「テクノロジー」を掛け合わせて作られた「フィンテック」という造語がメディアで取り上げられることが増えてきている。フィンテックは,金融とIT(情報技術)の融合における革新や,実際に手掛ける事業者を意味し,既存の金融の仕組みを劇的に変革させる可能性を秘めているが,前述のエムペサもフィンテックの一例といえよう。フィンテック事業を手掛ける企業に対する投資額は増加の一途を辿っており,東京オリンピックが開催される2020年には,その投資額が全世界で約5兆円に達するものと予想されている。
さて,今後もフィンテックは拡大し続けるのか,ひいては,金融包摂の実現の切り札となりえるかについては,フィンテック企業と既存の金融機関の間で協働関係を構築できるかにかかっていると言えよう。現在,フィンテック企業の提供している金融サービスは,決済サービスや送金サービス,個人間での融資サービス(P2Pレンディング)などが大半を占めているが,これらの金融サービスは既存の金融機関が提供している金融サービスと極めて強い代替・競合関係にある。すなわち,最近のフィンテック企業の隆盛の背景には,既存の金融機関の収益源が侵食されている事実があり,金融業界全体として現在のゼロサムゲームの状況から脱することができないならば,フィンテックは一過性の打ち上げ花火となる可能性が高い。今後,金融業界全体としてプラスサムの状況に転じていくには,認証や不正防止,人工知能(AI)の導入,ビッグデータ解析といったフィンテックを支える基盤分野において,いかに両者間で持続可能な協働関係を構築できるかが大きなカギを握っている。
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