世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
IoT(Internet of Things)と製造業の進化
(立命館大学 名誉教授)
2015.11.30
IoT(モノのインターネット化)が今,世界中の話題になっている。パソコンとインターネットに代表される情報・通信の革新がモノ作りにまで援用され,IoTという言葉がにわかに飛び交うようになった。大型機械設備や部品類にセンサーを取り付け,それをコンピュータルームで逐一モニタリングして,そのデータを蓄積,分析して,より合理的で効率的な生産システムの構築や効果的で安全な保守・保全体制を敷こうとするもので,そこではモノ自体がこれまでの受動的な存在から脱して,自ら学習し,判断し,対応できる能動的な存在に進化していくことが目指されている。
その先陣を切っているドイツでは,これをIndustrie 4.0(「第四の産業革命」)と名付けて,国を挙げて大々的に推進している。伝統的に工業力に秀で,製造工業品の大幅輸出超過を実現しているドイツでは,これを支えている優秀な中小部品メーカー(ミッテルシュタント)には専門性に依拠した自立的・独立的志向が強い。これら各自の独自基準やノウハウを共通の基礎的なソフトウェアによって統一することがそこでは目指されている。そして共通のスタンダードにして,産業横断的なネットワークを作りあげ,これまで以上に有機的に連結した生産システムを全体的に作り上げようとしている。そして多種多様な需要に即応できるマスカスタマイゼーション(変種変量生産)を実現して,21世紀の工業生産をリードしていこうとしている。そのためにこのドイツ独自のソフトウェアのグローバルスタンダード化を目指して,インダストリー4.0として大々的に宣伝している。
一方アメリカではオバマ政権がAdvanced Manufacturing(「進化したモノ作り」)をスローガンに製造業の回復策を大々的に打ち出してきた。それを受けてGE(ジェネラル・エレクトリック)では自社のソフトPredixを中心にしたIIC(インダストリアル・インターネット・コンソシアム)というネットワークを立ち上げ,そのグローバルスタンダード化を目指して,仲間作りに邁進している。アメリカはIT化・サービス化を世界に先駆けて推進し,情報産業において世界をリードしているが,今やこれと製造業との結合が進み始めている。とりわけGEは航空機エンジンをはじめ,大型機械装置で世界を代表するメーカーだが,一時期の金融化への傾斜を改め,製造業主体に戻ろうとしていて,とりわけ保守・保全に主眼を置いてIoTを展開している。最終的には「予知保全」という故障感知システムの構築を目指している。その結果,モノ作りそのものよりも,むしろ蓄積されたデータの解析に主眼が置かれ,実際にはデータ解析企業へと進化しようとしている。
さて日本では,欧米流の「組み合わせ型」生産ではなく,部品メーカーを協力会という名の専属的な下請け系列化へ囲い込む「摺り合わせ型」生産システムが高い競争力を支えてきた。この特徴を維持したうえで,現下のマスカスタマイゼーションに対応しようと考えていて,そのために一人ないしはチームが完成品までの全過程に責任を負うセル生産のシステムをさらに追求しようとしている。そこではロボット生産世界一という利点や最新のAI(人工知能)を活用しながら,両者を合体させた「ロボットセル生産」のシステムを推進しようとしている。しかも非正規労働者にウェアラブルを装着させ,コントロールルームからの支持を受けながら,細かい作業工程をこなし,高品質・低不良率の工業製品を素早く作り上げようとしている。そこでは作業員と機械との有機的な連結が今まで以上に追求されていく。その結果,メーカーの国内回帰も一部に現れてきている。
以上見たように,途上国への生産移転に基づく低賃金活用による低価格化路線ではなく,ITやロボットやAIを活用した,高品質のものを多種多様な需要に応じて素早く作り上げることがこれらでは追求されている。だが一口にIoTといってもその中身は一律ではない。したがってIoTを新たな産業革命と断定するのは早計だろう。事態はIT化・情報化の進展を表していて,その点ではポーター達の主張にむしろ軍配が上がるだろう。そしてその含意は,第1に製造業をも呑み込むIT化・情報化の進展であり,製造業のサービス化への傾斜が進行していき,グローバルスタンダードを確立したソフトの支配の確立が顕著になっている。第2に実際の生産を担う科学技術労働と熟練労働との合体である。それは新しい科学技術=熟練労働者の出現であり,それをアメリカでは「STEM労働者」と名付けている。第3にマスカスタマイゼーションに象徴される,需要と供給との近似的な一致への進行である。これらの結果,21世紀の製造業のグローバルな展開にはどういう未来が待ち受けているだろうか。
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