世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.765
世界経済評論IMPACT No.765

Post-Truth Politics・ポピュリズム・グローバリゼーション

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2016.12.19

 「賢者は歴史に学び」,「愚者は,なんとか」と言われる。

 「ウソ」の定義は難しい。本当だと信じて言ったことが,あとから間違いだと分かったときは,「ウソ」ではないという考え方もある。古来,政治家は嘘をつくものらしい。The Economist(Sep 10th 2016)に「政治家の嘘」について面白い記事が出ていた。たとえば1986年,当時のレーガン大統領,自分の言ったことがウソだとばれて,“My heart and my best intentions still tell me that’s true, but the facts and evidence tell me it is not.”と言ったという。筆者のような「正直者」には,とても政治家は務まらない。

 我々は,豊かになりすぎたのだろうか。終戦直後だったら子供でも他人の言うことを簡単には信じなかっただろう。上野の地下道にも池袋の地下道にも浮浪児があふれていた。筆者は戦後生まれだが,今もある新宿の東口と西口を結ぶ地下道に,多くの浮浪児を見た記憶がある。その頃,アメリカのMPが鉄砲肩に新宿を歩いていた。明日の食い物を心配しているときは,政治家の言うことも「眉に唾をつけて」聞くだろう。

 イギリスには立派な駐米大使候補がいるじゃないかと喜劇のようなことを言われていた政治家は,6月23日の国民投票前には「EU離脱すれば,これだけお金が余るから,こんないいことありますよ」と言っていたが,「EU離脱」が決まると,あれは間違いだと平然と言い出した。彼はきっと「EU離脱」したってそうはいかないことを知っていて,ウソをついたと思う。

 出来そうもないことでも,出来そうだと言い続ければいいというのだろうか。何年か前,政府も日銀も,日本経済は2%くらいのインフレになれば元気になる,ちゃんとした政策を採れば2%インフレの実現は難しくない,と言っていた。筆者の親しい老大家もそう言って旗を振っていた。

 多くの人が,日銀が何をしても2%インフレは実現しないし,日本経済が元気になることもないと思っているだろう。アベノミクスだって,御本人が「やった感」じゃなくて「やってる感」が大事だと言ってるらしい(御厨貴・芹川洋一『政治が危ない』日本経済新聞出版社,2016年,19頁)。「3本の矢」も肝心の第3の矢「成長戦略」が進んでいないのに安倍政権は「新・3本の矢」だと言う。2020年までにGDPを600兆円にすると言う。実質で2%,名目で3%成長が必要だ。GDPの推計方法の改訂で30兆円上積みされてほくそ笑んでるのだろうか。日本経済の成長トレンドを見たことがあるのだろうか。出生率をいまの1.4から1.8にするともいう。数年のうちに出生率を0.4も上昇させるなんて不可能だ。今や,「政治は結果責任」は死語らしい。

 ポピュリズムはアルゼンチンの専売特許かと思っていたら,いまやヨーロッパでもアメリカでもアジアでも蔓延している。まあ,極右政権が出来るよりは,ポピュリスト政権の方がいいかもしれない。でも「打ち出の小槌」のような放漫財政は,そのうち制御不能の財政赤字を産み,自国通貨の下落をもたらす。

 ドナルド・トランプは「ミクロの人」であり「戦術の人」のように見える。「ミクロ・戦術」は大事だが,大統領には,「マクロ・戦略」の能力も求められる。アジア危機の時,アメリカが非難した「クローニー資本主義」だが,「トランプ流」クローニー資本主義を追求しようとしている様に見える。

 キャンペーン中,ドナルド・トランプは出来そうもないことを沢山言ってきた。12月13日のWashington Post紙は,「Trump Promise Tracker」という記事を載せて60の公約をリストしている。例えば,4年間で2500万人の雇用を創出するといか,4%成長を実現する,といった公約だ。ラスト・ベルト経済の錆を落とし,雇用を復活させるのは容易いことではない。

 どんどんインフラ投資を増やすという。財政黒字で困っている経済ならそれもいいだろう。中期的には,双子の赤字のアメリカになってしまうだろう。3年くらい経って4%成長が実現しなけりゃ,「4%成長なんて言った覚えない」と開き直るのだろうか,それとも嫌な質問した新聞記者を閉め出すのだろうか。

 トランプ次期政権の最大の危険は保護主義だ。もちろんグローバリゼーションの弊害はいくらもある。しかし,経済成長が貧困削減の最強の手段であり,経済成長のためグローバリゼーションは不可欠なのだ。一企業の海外移転を財政的インセンティブと引き替えにストップさせるような市場介入は,まったく理解に苦しむ。政府が介入すべきは,所得格差の縮小だろう。「我々が99パーセントだ」といったOccupy Wall Streetの人たちに,どういった政策を採るのだろうか。

 バッシャール・アサドの政府軍がアレッポを制圧したらしい。トランプの発言がプーチンを後押しして,ロシア軍の介入の程度が高まったのだろう。記者会見で,この点を訊かれたら何と答えるのだろうか。それとも4年間,記者会見を開かないつもりだろうか。

 トランプ次期政権がTPPから脱退して喜んでいるのはRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を進めている中国だ。投資家のジム・ロジャーズは,国際政治条理で中国の存在感が高まり,アメリカが後悔するのは20年後だ,と恐ろしいことを言っている。

 大統領権限ははとても大きい。いやでも我々は,「トランプ流」に慣れなきゃいかんのだろうか。オバマ大統領は12月13日(火),連邦政府職員の ’Passion for public service’ に感謝するというビデオ・メッセージを発した。ドナルド・トランプは,どんな ’Passion for public service’ を持っているのだろうか。

 ワイマール憲法は理想的な憲法だと言われた。しかし,ワイマール憲法下でヒトラーは合法的に政権を奪取したのだ。賢人ではないが,我々庶民も「歴史から学」ばなければならない時代なのかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article765.html)

関連記事

小浜裕久

最新のコラム