世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.690

米国株式史上最高値更新の背景に何があるか

武者陵司

(株式会社 武者リサーチ 代表)

2016.08.08

 米国株価が史上最高値を更新したことで,世界的金融不安・株価下落は一旦終わった。あれほど確かに見えた世界危機シナリオはひとまず否定された。もともと企業業績は高水準で見通しも暗くはなかった。米国企業は株価に対して2%の配当と3%の自社株買いの合計5%を株主に還元しており,それは1.5%の長期金利の3倍以上であり,バリュエーション上も経済合理性の面からも株高は十分に正当化できる状況であった。また空前の技術産業革命が進行し,人々のライフスタイルが劇的に変化しつつある。米国では雇用が顕著に回復し,物価の上昇圧力が高まっている。いずれも悲観論では説明できない事柄である。

 米国はここ数年経済拡大が続きそうである。①サービス消費起点の好循環,②アップサイド余地大きい住宅,③本格起動準備の公的需要,④活力ある信用拡大,の4つの景気拡大の推進力が健在である。米国は景気サイクルの後半に入り,インフレリスクが高まりつつある。雇用増,労働需給のひっ迫が賃金上昇圧力を高め,労働分配率を上昇させ,物価上昇率を高めている。完全雇用の実現,2%インフレターゲットの実現と言う量的金融緩和の目的がほぼ達成されつつあることを示している(日本・欧州は成功とはいえないが)。

 こうした景況の中で米国は先進国で唯一長期金利がまともな水準を保ち,銀行利ザヤが確保され,年率5%ペースの信用増加が続いている,つまり「流動性の罠」に陥っていない。米国は日欧が陥った「流動性の罠」を回避できそうである。そうなれば米国の成功体験が教訓となり日欧が「流動性の罠」から生還できる。それではなぜ米国だけが,先進国で唯一流動性の罠を回避できたのだろうか。それを可能にしたものとして,①前FRB議長バーナンキ氏による迅速・適切な政策選択,②効率的,弾力的な労働,資本市場,の2要因が指摘できる。政策力と市場の効率性の二つこそ,米国が世界で最も優れている要素である。失業率変化とGDP変化の相関度(オークンの法則)を国際比較すると,米国が最もスティープ,つまり弾力的であることが明瞭である(日本は最低)。また資本市場においても,金利低下を活用した,裁定的投資がおこなわれ,資本の最適配分が担保されている。現在米国の債務拡大を担っているのは,企業と家計の消費者ローンであり,ともに合理的金融財務活動を推進している。企業の債務増(年7%増)のうち半分は自社株買い用であり,企業は低金利を利用し資本の債務化(Equity to Debt Swap)を活発化させ財務効率を高めている。また家計は雇用回復によりリスクテイク能力が高まり,消費者ローンを7%成長に復帰させている(住宅ローンは1%台と低調)。

 とは言え米国も「流動性の罠」に陥るリスクがあるとすれば,それは世界的金利低下の波が米国に押し寄せ長期金利を潰すこと。世界景気の後退と米国独り勝ちはドル高,米国への世界の余剰資金の集中をもたらし,dollar cash is kingつまり,ドル現金選考が際限なく進むケース,米国経済パフォーマンスの圧倒的優位性が明確な今,この可能性は十分に考えられる。理由は何であれ米国長期金利が日欧の様に潰されれば,金利スプレツドがなくなり,金融市場が不能化する事態も考えられる。その場合の鍵は,空前の長期金利低下を是とする政策を打ち出せるかであり,カギはケインズ政策にある。

 資本が潤沢化し金利が限りなく低下したとして,米国政府は本格的ケインズ政策に乗り出すだろう。何に投資するか,インフラ,国防,技術開発,環境(?)。次期大統領候補は民主党のクリントン候補,共和党のトランプ候補共に,積極的財政政策を政策アジェンダとして挙げている。実際米国インフラの老朽化が進んでおり,財政赤字もGDP比10%(2010年)から2%台(2015年)まで低下しており,長期金利は空前の低さ,となれば絶好のケインズ政策環境と言える。考えてみればよい時代。ふんだんに資金があり,その使い道に困っているということなのだから。人間の英知でこの前人未到の事態を切り開くことができないわけがない,と考えるべきである。

 米国では①古典的自由主義経済の繁栄と挫折,②ケインズ経済の繁栄と挫折,③新自由主義経済の繁栄と挫折,と経済レジームが変遷してきたが,今まさに新ケインズ時代に入りかかるところではないか。共和党のトランプ候補が共和党の伝統的経済政策小さな政府志向を捨てている点に,時代の変化を感じさせる。

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