世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.671
世界経済評論IMPACT No.671

ミャンマーにおける政治経済的課題のマスターキー:独立後70年の回顧と希望の未来

マング・マング・ルイン

(熊本学園大学 教授)

2016.07.19

 1980年代の半ばごろから,開発援助供与国および国際機関は,経済発展と貧困削減を達成するために,開発援助と直接投資を効果的に利用する政治的経済的運営能力の有無に焦点を当ててきた。最近では,政府の開発運営能力が一国の安定性と経済成長を保つための重要なマスターキーであるとの認識が得られるようになった。開発運営能力の成否は国民経済の改善によって検証されなければならない。

 ミャンマーの独立から今日までの経済体制の段階区分は次のように特徴づけることができる。(1)市場経済民主主義政権(1948年〜1962年),(2)社会主義計画経済軍事政権(1962年〜1988年),(3)不完全市場経済軍事政権(1988年〜2011年),(4)市場経済軍事主導民主主義政権(2011年〜2016年),(5)市場経済民主主義政権(2016年4月〜)の五つの異なる政治経済体制である。

 (1)の独立後のウー・ヌ民主主義政権では政治指導者達の間にコンセンサスがなく,社会混乱と治安の悪化から,1962年にネ・ウィン将軍がクーデタ—を起し,その後1988年までほぼ四分の一世紀の長きにわたって政権を握ることとなった。ウー・ヌ政権には,愛国心と民主主義精神はあったが,独立後,国家の政治的秩序を安定的に維持し,市場経済を管理運営する経験と能力が乏しかったと考えられる。(2)と(3)の軍事政権時代には,ミャンマーは,国際的孤立,社会主義経済の非効率性,汚職・賄賂の横行によって最貧国となり,国民の教育水準は低下し,健康状態も悪化し,ミャンマー人の勤勉性と倫理感まで失われた。(4)の元将軍テイン・セイン政権の下では,汚職問題が依然として改善せず,開発途上国の経済発展に欠かせない愛国心と道徳心も十分とは言えなかったが,以前より開放的で,民主主義の姿勢も確かなものであったから,政府開発援助と海外直接投資が増加し,その結果,2011年~2016年の期間,年平均6%~7%の経済成長も達成した。しかし,なお軍事政権の色彩の濃いテイン・セイン政権は国民の信頼と尊敬を得られず,2015年の総選選挙でアウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主連盟 に敗北し,2016年4月に民主主義政権が誕生した。市場経済民主主義政権(1948年〜1962年)の時代が独立後ほぼ70年を経て復活したのである。市場経済民主主義政権(2016年4月〜)はもはや後戻りすることなく着実に前進しなければならない。

 上述した過去の経験から,われわれは次のような教訓を導き出すことができる。(1)軍事政権の下では,社会主義計画経済体制であろうと,資本主義市場経済体制であろうとも経済発展は望むことができないこと,(2)軍事政権による政治的安定と豊富な資源だけでは,経済発展を達成しえないこと,(3)持続可能な政治的安定と経済発展には,愛国心と道徳心に裏打ちされた民主主義政権が市場経済を効率的に運営することが必要であるということである。

 現在の民主主義政権が国民に明確な国の将来像を示し,夢と希望を与え,国民から信頼を得るためには,下記の五つの改革関連戦略の実行が重要であると考える。

  • 1.段階的アプローチ戦略:軍事体制から民主主義体制への移行と憲法改正を平和的に実現するための政治・行政改革を段階的に,時間をかけ,慎重に行うこと。
  • 2.フレンドシップ・アプローチ戦略:国の統合,平和と安定を維持して行くため,軍と民主的政権は互いの存在を尊重し合い,理解と協力を深め,信頼関係を強化し,友好関係を維持すること。
  • 3.ジェントル・アプローチ戦略:汚職,賄賂などの政治権力による不正行為,軍企業の特権,大企業による土地の占有を正し,ビジネスの民主化と透明性を実現すること。その際にも,段階的に,時間をかけ,慎重に行うこと。
  • 4.開発運営能力アプローチ戦略:政権の開発運営能力向上の努力を継続し,経済社会政策の適正な見直し,及びマクロ経済の安定と海外直接投資を積極的に誘致できるよう市場の信頼をえる政治経済的環境作りを確実に行うこと。
  • 5.人材開発アプローチ戦略:グローバル化,情報通信技術の急速な進展に対応できる人材育成のため,国民の教育と健康の改善,向上,企業家精神,ビスネス倫理の涵養を目指す諸政策をタイムリーに実行すること。

 最後に,今日のミャンマーにおいて,非常に重要なことは,民主主義社会においては軍が国民のための軍であることによって信頼され,敬愛されること,したがって,政治的中立を堅持すること,また,政権も誠実さと能力によって国民,軍に信頼されることがきわめて重要である。この点において国民的合意ができればミャンマーの将来はきわめて明るい。私は愛する祖国の明るい将来を信じて疑わない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article671.html)

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