世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
スタンダードの両様の意味:「標準」と「規格」との間に漂うもの
(立命館大学 名誉教授)
2016.07.11
英語のスタンダードには,標準と規格の両様の意味が含まれているが,日本語では両者はほとんどが重なるとはいえ,相対的にはそれぞれが独立の意味を持っている部分もあるので,意識的に区別して使われることがある。標準は一般的に相互運用のための広く合意されたガイドラインを意味し,その取り決めをルール化することを標準化というのにたいして,規格はそれをより明確に文書化または明文化することだと,一応は分けられている。したがって,ものごとの基準を決める際には標準が多く使われるが,それを明確で厳密な基準として確定する際には,規格が使われることが多い。またスタンダードの方式には,公的標準としてのデジュールスタンダード,有力企業が集まって形成するフォーラムスタンダード,それに強力な企業が単独——ただしクロスライセンスを交わしている企業間で形成される場合もある——で市場における支配力を握った際のデファクトスタンダードがある。そしてそれらは一般的には標準と考えられているが,公的な標準となった場合には,細かく規格化されて文書化されることになる。これらのことがいえるとはいえ,標準と規格の異同についてわざわざ注意を向け,その相互関係や関連を立ち入って論じるものはこれまでは極めて少なかった。
IT化・情報化の進展は,モノ作りにおいて設計過程と製造過程の分離を促し,同時にその中での前者の比重を高めることになり,優位性を握ったものは,それをソフトウェアとして設定して,市場での支配力を得て,莫大な知財収入を手に入れることができるようになる。デファクトスタンダードの威力である。だがモジュラー型(組み合わせ型)生産システムが興隆してきて,そこではインターフェース部分をオープンにして,共通スタンダードに基づいて接合させるやり方が広がるようになる。そうすると,デファクトスタンダード中心の方式は次第に後退するようになる。加えて今日の科学・技術の発展は,各自が狭い範囲内で多くの特許を持つようになり,それが精緻化され,微細になればなるほど,相互の特許が抵触し合い,単独で全体を網羅することができなくなる。その結果,中核部分は確保して秘匿しつつも,周辺部分についてはできるだけオープンにして他社の優秀な技術や部品を利用するような方向へと転換するようになる。これらが相まって,有力企業による集団的なフォーラムスタンダード形成が力を増し,無償方式での賛同者の拡大とその広がりを目指す戦略へと,転換するようになる。その先には全体を網羅する単一のデジュールスタンダードの確立が待っていることになる。そこで,自社単独ないしは有力企業グループのスタンダードをグローバルスタンダードにまで高めようと競争し合うようになり,その結果,調整を重ねて,妥協と協調による合意作りが必要になってくる。
そこで登場するのが,技術標準化機関(SSO)と呼ばれる,調整機関である。SSOは合意を形成するために,ロイヤルティを法外なものにせず,参加企業が満足できるRAND(「合理的」な水準かつ「無差別」な適用)条件などのパテントポリシーを提示して,調整役を果たす。そして首尾よくSSOの判定を得て「お墨付き」が得られると,それは「国際公的基準」となる。それがさらにWTOなどの国際機関によって補強されて,デジュールスタンダードに上りつめ,確固たる地位を獲得する。その際には緩やかな標準に止まらず,明確な文書による規格化が図られることになる。このようにして,規格の持つ相対的な位置が高まる。このことは,別の意味ではスタンダードの内容が,単なる標準から明確な規格へと,その内容の拡張が図られたことにもなる。
さらに企業活動のグローバル化は国を越えた規模と範囲での生産・流通・金融活動を活発にし,それが通常のビジネス展開の場となる。その結果,国民国家単位で形成されてきた,伝統的な法体系や商慣習とは別のビジネス環境下におかれるので,現地との齟齬や摩擦を生み出しがちになる。その場合,属地主義が適用されて,現地政府の法体系に縛られることになるが,自国政府の支援をえて事態を有利に進めたいものだが,各国の政治的パワーに違いがあるため,対等平等というわけにはいかない。国のパワーの違いが大きくものをいうことになり,最終的には覇権国のパワーが優勢になる。したがって国際的な場ではフォーラムスタンダードを事実上追認する形でデジュールスタンダードが作られることが多く,その結果,出来上がったグローバルスタンダードは圧倒的にアメリカンスタンダードが適用されることになる。それによって一時的な均衡と秩序は保たれるが,参加各企業間の利害は完全には一致を見ないので,いつまでも火種は燻り続けることになる。
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関下 稔
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