世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ現象とその背景
(桜美林大学名誉教授,国際貿易投資研究所客員研究員)
2016.04.25
このところの劣勢を覆して,4月19日に行われたニューヨーク州の予備選挙では,地元のヒラリー・クリントンとドナルド・トランプが圧勝した。この結果,ニューヨーク・タイムズ電子版のウェッブサイト2016 Delegate Count and Primary Resultsによると,獲得代議員数(一部が非誓約代議員であるスーパーデレゲイツを含む)は,民主党がクリントン1,948人,サンダース1,238人,共和党がトランプ845人,クルーズ559人,ケイシック147人となった。
残りの予備選挙は,民主党が4月26日のコネチカットから6月7日のカリフォルニアまで15州とグアム,バージン諸島,プエルトリコおよび首都ワシントン(6月14日)で行われ,1,668人の代議員が決まる。一方,共和党は4月26日のコネチカットから6月7日のカルフォルニアまで15州で674人の代議員が選出される。7月の全国党大会で代議員総数の過半数(民主党2,383人,共和党1,237人)以上を獲得すれば,大統領候補に指名されるため,クリントンは過半数まであと435人,トランプは392人に迫った。
民主党は共和党と違って,ウィナー・テイク・オール(勝者が代議員をすべて勝ち取る)方式を採用せず,代議員は得票率に応じて選挙区で案分されるため,サンダースが代議員数を増やすのは容易ではない。上記のウェッブサイトで今後の得票率を想定してみると,クリントンは平均して44%以上の得票率を挙げれば,代議員が過半数を超え,大統領候補に指名されることが確実になる。一方,共和党はトランプが43%以上の得票率を挙げれば獲得代議員は過半数を超え,クルーズとの差は今以上に広がる。仮にトランプが15州で全敗し,クルーズが全勝しても,クルーズの獲得代議員は過半数には届かない。
大統領候補者が過半数の代議員を獲得しなかった場合は,全国党大会で過半数を獲得する候補者が出るまで決戦投票が繰り返される。同じニューヨーク・タイムズのウェッブサイトPresidential Election 2016によると,第1回目の決戦投票では5%の代議員が支持する候補者を変えられる非誓約代議員となり,残りの95%が誓約代議員のままで投票が行われる。過半数の代議員を獲得した候補者が出ない場合は,非誓約代議員を全体の61%,誓約代議員を39%に変更して第2回目の決戦投票が行われる。これでも決まらなければ,さらに非誓約代議員の比率を増やして決戦投票が続けられる仕組みとなっている。
しかし,トランプが大統領候補に指名されることを何としても避けたい共和党指導部は,様々な方法を検討していると伝えられる。そのひとつの案が本選挙で独立の候補者を立てる方法で,ライアン下院議長も候補の一人といわれたが,同議長は4月12日共和党から候補者に指名されても受け入れる考えは全くないと宣言した。本選挙の勝者が民主党候補になるか,共和党候補になるかを考える前に,トランプが党大会で大統領候補に指名された場合,共和党はどう対応するか,共和党が独立候補を立てた場合,トランプはどう対応するか,果たして共和党は分裂を回避できるのかなど,本選挙に入るまでの状況をじっくり見ていく必要があろう。
予備選挙でトランプに独走を許した背景には,共和党支持者の意識に大きな変化があるようだ。3月17~27日に行われたピューリサーチセンターの世論調査をみると,有権者登録を済ませた人の46%が,この50年間で生活が悪化したと回答したが,共和党支持者は66%が悪化したと回答し,その割合は民主党支持者(28%)の2倍以上も多い。逆に良くなったと回答した共和党支持者は19%で,民主党(48%)の半分以下である。生活が悪化したと回答した割合は,トランプ支持者が最も多く75%(生活は良くなったと回答した割合は僅か13%),クルーズ支持者63%(同18%)で,民主党候補のサンダース支持者34%(同45%),クリントン支持者22%(同53%)よりも圧倒的に多い。
この世論調査が示しているように,慶応義塾大学中山俊宏教授は「トランプの支持者は所得や学歴の低いブルーカラーの下層で生活が苦しい人々,将来の展望が描けない人たち,自分の居場所が社会の中でどんどん狭まっていると感じている人たちである。トランプ現象は,彼らの長く鬱積していた不満をトランプが触媒になって化学反応を引き起こし,爆発させた」と述べている。(「公研4月号」)サンダースの支持者もトランプ支持者ほどではないにしても,99%対1%という図式で所得格差を訴えたウォール街占拠運動の流れを受け継いでいる。
共和党支持者に生活が悪化したと答え,政府に怒りを感じる人々が多いのは,共和党の政策にも大きな要因がある。2001年のブッシュ政権以降,富裕者への減税優先,歳出抑制,財政赤字縮小による小さな政府志向は,職業訓練や失業給付などによる貿易調整支援措置を大幅に削減し,共和党は無保険者を大幅に減らしたオバマケアの撤廃に邁進する。そのためには政府閉鎖もデフォルトも恐れない。急進的なティーパーティー勢力は,オバマ大統領と妥協して問題解決を図ったベイナー下院議長を議会から追い払ってしまった。
上記の世論調査によると,自由貿易は米国にとって良いと回答する人の割合は,トランプ支持者の27%しかいない(クルーズ支持者48%,サンダース支持者55%,クリントン支持者58%)。中国製品に45%,メキシコに進出するフォード社から輸入する自動車に35%の関税を賦課し,NAFTAを破棄し,TPP批准に反対し,メキシコとの国境に壁を作って,移民の流入を抑える,といったトランプの過激な主張は,グローバリゼーションの進展で職を失った人々,移民に職を奪われた人々には,議論の正当性は別にして,琴線に訴えるものがあるのであろう。トランプが大富豪であっても,トランプの娘イバンカが経営している店やトランプ・コレクションが販売しているファッション用品に,中国製品が大量に含まれていても,である。
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