世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
人民元:中国に助け舟を
(亜細亜大学 教授)
2016.02.22
年明けから中国経済の先行きを不安視した金融市場の混乱が世界で続いている。問題の真の所在は中国経済の減速そのものではなく,人民元の先行きに対する不安であり,さらには当局の対応や能力への不信感である。
昨年11月30日に国際通貨基金(IMF)は特別引出し権(SDR)に人民元を採用することを決め,人民元は国際通貨として大きな一歩を踏み出した。また12月18日には,5年間たなざらしになっていたIMFの資本改革案を米国議会が電撃的に承認し,中国のIMF出資比率は第3位(6.39%)に上昇した。これらは中国が資本取引の自由化に前向きに取り組むことを評価した動きと言ってよいだろう。
ところが今,自由化に踏み出すのは嵐の最中の船出に等しい。米国は昨年12月に7年間続いたゼロ金利を解除し,今年も段階的な利上げが予想されている。一方,中国は減速する景気に対し金融緩和を続けるものの効果は薄く,人民元の先安観が強い。ここにきて日銀のマイナス金利導入も元安圧力として加わる。昨年1年で中国の外貨準備は5127億ドル減少し,特に人民元切り下げを行った年後半に加速した。世界の主要金融機関で構成する国際金融協会(IIF)は,昨年の中国からの資金の純流出が6760億ドルに達し,今年も5520億ドルの高水準と予測している。1月のダボス会議ではジョージ・ソロス氏が「中国経済のハードランディングは不可避」とアジア通貨の空売りを宣言し,中国政府は猛反発している。
人民元の先安観は,本土外(主に香港)での取引レート(CNH)が,国内(上海)の取引レート(CNY)よりも元安で推移していることがそれを示している。CNYが当局の規制下での実需に基づく取引であるのに対し,CNHにはそうした規制がないことからより市場参加者の思惑に左右されやすい。両者のかい離は昨年11月頃から顕著になった。国内での取引は一日当たり200~500億ドルに対し,本土外は同1000~2000億ドルとその規模も大きい。昨年8月の人民元切り下げでは,中国人民銀行が前日の終値を参考に毎朝公表する「基準値」によって人民元レートを市場実勢に近付けるとしたが,この基準値も高めに設定されている。
過去,人民元は当局が望ましいレートと実勢のかい離が進むと,ほぼ10年おきに「人民元改革」と称してこの鞘寄せを行ってきた。今回もオンショア(CNY)とオフショア(CNH),さらに「基準値」という一物二価,三価が生じてしまい,この乖離に悩まされることになる。今度は10年も時間稼ぎはできない。いつ突然どういう方法でこの解消を図ることになるのか全く先が読めない。
人民元レートに関してもう一つ当局の意図が不明確なのが,昨年12月11日に発表を開始したCFETS指数(China Foreign Exchange Trade System) である。同指数は13通貨からなるバスケットに対する人民元の指数で,その後毎週1回発表され,1月末(100.15)は昨年末とほぼ同水準で推移している。問題は同指数が持つ意味を当局が明確に説明できないことである。今後は同指数である一定の幅の中で推移することを目指すのかと言えばそうでもなく,現段階ではただ「人民元は安定している」という証左として使っているだけである。
こうした中,日銀の黒田総裁がダボスで個人的な見解として「元相場の安定には外貨準備の取り崩しよりも資本規制を通じた取り組みの方がよいのではないか」と表明した他,英『エコノミスト』誌,『フィナンシャル・タイムズ』紙も資本規制の強化を選択肢として提示した。筆者も同意見である。
「国際金融のトリレンマ」から見ると,①金融政策の独立性,②為替相場の安定,③自由な資本移動の3つに対し,これまで中国は③の資本移動を制限する形で①と②を達成してきた。ところが現在は①は当然,②を望む一方,中途半端に③を進める形になっている。さらにCFETS指数を重視しようとすると①にも影響を及ぼす。
一言でいえば,人民元の国際化と引き換えに背負い込んだ宿題にこのタイミングで無理して取り組むのは危険だということだ。今サーキットブレーカー的な措置が必要なのは株式市場ではなく人民元,資本取引なのである。中国がメンツをつぶさず一歩後退しやすいよう仕向けてやることも世界経済には必要だ。
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