世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4065
世界経済評論IMPACT No.4065

関西電力が次世代革新炉建設調査着手:それでも日本の原子力の未来は厳しい

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.11.10

 関西電力は2025年7月22日,福井県にある美浜原子力発電所の敷地内で,次世代革新炉への建て替えに向けて,地質調査などを再開することを,正式に発表した。

 ここで,「再開」という言葉を使うのは,同社が2010年11月に,老朽化した美浜原発1号機の後継炉の設置に向け,地質や動植物の状況などの調査に乗り出したことがあるからである。しかし,その時の調査は,開始から4ヵ月後に発生した東京電力・福島第一原子力発電所事故の影響で中断されることになった。そして,美浜原発の1号機と2号機は,2015年4月に廃炉となることが決まった。

 今回,関西電力が着手を発表した地質などの調査は,原発の新設に向けた最初のプロセスにあたる。もし,原発の新増設が実現すれば,福島第一原発事故以降,初めてのケースとなる。

 関西電力は,2025年7月22日の記者発表の際に,この地質等の調査の結果だけで次世代革新炉の建設を判断するものではないと強調している。また,同日,会見に臨んだ同社の森望社長は,次世代炉の運転開始時期について,「今の時点で申し上げることは難しい」と述べている。

 それもそのはず,今回の関西電力の発表は,世論や関係者の反応を探るアドバルーンに過ぎないからである。そう断じるのには,二つの理由がある。

 第1の理由は,コストがあまりに高いことである。美浜原発での次世代革新炉建設には,最低でも1兆円はかかると言われている。一説には,費用が2兆円に達するという見方もある。

 一方,関西電力が現在運転している7基の既設原子炉(高浜原発1〜4号機,大飯原発3・4号機,美浜3号機)の場合には,運転延長にかかるコストは,1基当たり数百億円程度にとどまる。次世代革新炉の建設とは,費用が2桁も違うのである。

 日本では,2023年以降,既設の原子炉の運転期間を延長する法制度の整備が進んだ。このような事情を考慮に入れると,「よほどのこと」がない限り,関西電力は,既設炉の運転延長を選択し,次世代革新炉の建設に踏み切らないと考える方が,自然だろう。

 もし,関西電力が次世代革新炉の建設に踏み切ったならば,どうなるか。減価償却が急膨張するため,電気料金を引き上げざるをえなくなる。その瞬間に,中部電力と大阪ガスが,(場合によっては手を組んで,)関西電力エリアの電力需要家を奪いにやって来る。関西電力のシェア低下は否めない。2016年以降の電力小売全面自由化の時代には,一電力会社が単独で原発新設などの超大型投資を実行することは,競争戦略上,きわめて困難なのである。

 そうであるとすれば,美浜原発での次世代革新炉の建設を可能にする「よほどのこと」とは,いったい何なのであろうか。それは,関西電力と中部電力が連携して建設に当たることである。つまり,「日本の原子力の未来を考えた大同団結」という構図ができあがることである。しかし,このような構図が作られる兆しは,今のところ,まったくない。

 今回の関西電力の発表をアドバルーンに過ぎないとみなす第2の理由は,2040年代以降の電力需要の伸びが不透明なことである。

 政府や電力業界は,次世代革新炉の建設が必要だとする根拠として,DXやAIの普及にともなうデータセンターの大規模な新増設が電力需要の急増につながる点をあげる。確かに向こう10年間は,電力需要は増加するだろう。しかし,2030年代後半,なかんづく2040年代になると,状況が一変する可能性がある。現在,NTTが取り組むアイオン(IOWN)の技術が社会実装される蓋然性が高いからである。光技術を軸に大容量・低遅延・低消費電力を実現する次世代情報通信基盤であるアイオンが実用化されれば,データセンターの電力消費量は劇的に減少する。一方で次世代革新原子炉の建設には,少なくとも20年間の歳月を必要とする。それが運転を開始するのは早くても2040年代半ばであるが,その時には,データセンターの電力消費量は減少に転じているかもしれないのである。

 そもそも,向こう10年間の電力需要増加への対応策として,次世代革新原子炉は適格性に欠く。「足が遅い」次世代革新炉では間に合わないからである。まずは,わが国で2018年の第5次エネルギー基本計画以降,主力電源と位置づけられるようになった再生可能エネルギーの拡充で対応すべきである。そのうえで,再エネ電源の安定性に問題があるというのであれば,石炭火力へのアンモニア混焼,ガス火力への水素混焼,CCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)機能の付与などの火力発電のゼロエミッション化で補完するしかない。既存設備を活用することができ,投資規模も小さくてすむゼロエミッション火力は,次世代革新炉よりずっと「足が速い」電源なのである。

 以上の二つの理由から,今回の関西電力の発表は,次世代革新炉の建設に直結するものではないことは,明らかである。それは,アドバルーンの域を出ない動きにとどまる。

 関西電力の発表については,2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画が強く打ち出した「原発回帰」の流れを具現化したものと広く受け止められており,一部にはわが国の原子力の未来を開くものと高く評価する向きもある。しかし,そのような見方は,過大評価であり,現実を無視したものだと言わざるをえない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4065.html)

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